データ経営入門。経営者が今すぐ確認すべきKPIとは

2025.12.24

なぜ「データ経営」をすると会社の収益性が上がるのか?

現代は、VUCAと呼ばれる、未来の予測が極めて困難な時代です。市場や顧客のニーズが急速に変化する中で、過去の成功体験が通用しなくなりつつあるため、経営者が長年培ってきた勘と経験に頼った経営は、大きなリスクを伴います。

リソース(ヒト・モノ・カネ)に限りがある中小企業こそ、その貴重な資源を無駄にしないため、データ経営へのシフトが急務です。

データ経営がもたらすメリットは、大きく3つあります。

1つ目は、迅速かつ客観的な意思決定が可能になることです。データという事実に基づけば、経営者の勘に頼ることなく、明確な理由を武器にして判断を下せます。判断のスピードと精度が格段に向上します。

2つ目は、業務プロセスのムダの発見です。日々の業務で蓄積されるデータを分析することで、どの工程に時間がかかっているのか、どこにコストが余計にかかっているのかといった非効率な部分が見える化されます。このムダをなくすことで収益性が一層高まります。

3つ目は新たな収益チャンスの創出です。顧客データや販売データを詳細に分析することで、A商品とB商品を一緒に買う顧客が多いといった隠れたニーズや、この層の顧客が離脱しているといった課題を発見できます。これは、新商品開発やターゲットを絞った集客施策など、次の一手を生み出すヒントの宝庫です。

データ経営は、限られたリソースを最大限に活かし、持続的に成長するために、今こそ中小企業に必要な経営戦略なのです。

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データ経営を実践する上で、経営者がまず押さえるべき基本が「KPI」と「KGI」の関係性です。この2つは、必ずセットで考える必要があります。

KGI (Key Goal Indicator) とは、「重要目標達成指標」のことで、会社が最終的に達成したいゴールを指します。例えば、「年商10億円を達成する」「営業利益率を10%にする」といった、経営の最終結果を示す数値がこれにあたります。

一方、KPI (Key Performance Indicator) とは、「重要業績評価指標」のことで、会社のKGI(ゴール)を達成するためのプロセスが順調に進んでいるかを測る「中間指標」です。

例えば、KGIを「年商10億円」に設定した場合、それを達成するためには「月間商談件数100件」「商談からの受注率30%」「顧客単価30万円」といった、より具体的で社員の日々の行動に結びつく指標が必要になります。これがKPIです。

【経営者向け】今すぐ確認すべき「4つの視点」のKPI

「データ経営」と聞くと、AIやBIツールなどを駆使して社内のあらゆる数字を管理する、といったイメージがあるかもしれませんしかし、その本質は勘と経験だけに頼らず、事実(データ)に基づいて経営の舵取りを行うことにあります。

経営者がすべてのデータを見る必要はありません。多すぎる情報は、かえって判断を鈍らせます。重要なのは、会社の健康状態を示す重要ないくつかの指標(KPI)に絞り込み、それを定点観測することです。

経営者が確認すべき重要なKPIは以下の4つです。

1)財務の視点(会社の安全性・収益性)
財務は、会社の血液と体力です。財務が健全でなければ、どれほど優れた戦略も実行に移すことはできません。

①キャッシュフロー
売上や利益も大事ですが、現金の流れであるキャッシュフローも重視すべきです。なぜなら、会社は利益が出ていなくても潰れませんが、現金(キャッシュ)が尽きた瞬間に倒産するからです。

いわゆる黒字倒産は、帳簿上は利益が出ているにもかかわらず、売掛金の回収が遅れたり、在庫を抱えすぎたりして、仕入れ先への支払いや経費の支払いができなくなることで発生します。

経営者は、PLだけなく、営業キャッシュフローがプラスになっているか、手元の現金であるフリーキャッシュフローは常に意識しましょう。

②粗利率
「今月の売上目標達成!」と喜ぶのは早いかもしれません。売上が増えても、それ以上にコストがかかっていては意味がありません。経営者が売上高とセットで、いや、それ以上に重視すべきは粗利率です。

粗利率(売上総利益 ÷ 売上高)は、自社の商品やサービスの本質的な儲ける力を示しています。

例えば、1億円の売上があっても、粗利率が10%(粗利1,000万円)のA事業と、5,000万円の売上でも粗利率が40%(粗利2,000万円)のB事業では、後者のほうが会社に貢献していると言えます。

売上を伸ばすために無理な値引きをしたり、採算度外視の案件を受けたりしていないか。粗利率の推移は、自社のビジネスモデルが健全かどうかを示すバロメーターです。

③労働分配率
会社が生み出した粗利益のうち、どれだけを人件費として従業員に分配しているかを示すのが労働分配率(人件費 ÷ 粗利益)です。

この指標は、経営のバランス感覚が最も問われる部分です。 労働分配率が高すぎれば、人件費が利益を圧迫し、設備投資や研究開発などの将来への投資に回す原資がなくなります。 逆に低すぎれば、従業員への還元が不十分であることを意味し、従業員のモチベーション低下や、優秀な人材の離職につながります。

業種ごとの適正水準はありますが、自社の労働分配率が過去と比べてどう変動しているか、競合他社と比べてどうかを把握することは、持続的な成長のために不可欠です。

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2)顧客の視点(未来の売上)

財務が過去から現在の結果を示すのに対し、未来の売上を作ってくれるのは顧客です。顧客に関する指標は、会社の将来性そのものを示します。

①新規顧客獲得数(CPA)
新規顧客の獲得は順調ですか?年商を上げ続けるには新規顧客を獲得し続ける必要があります。しかし、ここで単に「新規顧客の数」だけを追うのは危険です。

重要なのは、「1顧客を獲得するために、いくらコストをかけたか?」を示すCPA (Cost Per Acquisition) です。例えば、広告宣伝費に10万円をかけて100人の新規顧客を獲得した場合、CPAは1,000円となります。

そして、その顧客が生み出す利益が1,000円以下であれば、会社は「新規顧客を獲得すればするほど赤字になる」という恐ろしい状態に陥ります。新規顧客獲得数とCPAは、必ずセットで管理しましょう。

②顧客生涯価値(LTV)
どれだけお金をかけて新規顧客を大量に集めても、リピートしなかったら経営は安定しません。
そこで重要になるのがLTV (Life Time Value:顧客生涯価値)、つまり「一人の顧客が、取引を開始してから終了するまでの間に、どれだけの利益をもたらしてくれるか」という指標です。 LTVが高いということは、顧客が自社の商品・サービスに満足し、繰り返し購入・利用してくれている証拠です。

経営者は、LTV > CPAの状態を維持できているかを常に確認する必要があります。

③顧客満足度(NPS)
LTVとも密接に関わりますが、顧客がご満足いただけているのか、将来も使い続けてくれるかを測る指標が「顧客満足度」です。

近年注目されているのがNPS (Net Promoter Score) 。これは、あなたはこの商品(会社)を友人に勧めたいと思いますか?というシンプルな質問で、推奨者と批判者の割合を測る指標です。

NPSのスコアは、企業の将来の成長率と強い相関があることが知られています。

3)業務プロセスの視点(社内の効率性)
社内の業務プロセスが非効率だと、従業員がどれだけ頑張っても利益は出ません。業務プロセスも数値化して管理し、改善しましょう。

①一人当たり生産性(売上高・利益)
効率よく稼げているかどうかを見る指標が、従業員一人当たり売上高や一人当たり粗利益です。

もし売上が2倍になっても、従業員数を2倍にしなければ回らないのであれば、それは成長ではなく、ただ規模が大きくなったに過ぎません。AI活用やDXの推進、業務マニュアルの整備などにより、この一人当たり生産性をいかに高められるかが、利益体質な企業になれるかの分かれ道となります。

②リードタイム
リードタイムとは、顧客から注文を受けてから、商品やサービスを納品するまでにかかる時間のことです。

リードタイムは、2つの側面に影響します。 1つは顧客満足度です。リードタイムが短いほど、顧客の満足度は上がります。 2つ目はキャッシュフローです。リードタイムが長いほど、在庫を抱える期間が長くなり、現金を回収できるまでの時間も長くなります。

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4)人材・組織の視点(会社の持続可能性)

優れたビジネスモデルも、非効率なプロセスも、結局は人が動かしています。組織に関する指標は、会社の持続可能性そのものです。

①従業員エンゲージメント(eNPS)
顧客満足度の従業員版が、eNPS (Employee Net Promoter Score) です。「あなたは、この会社を友人や知人に働く場所として勧めたいと思いますか?」という質問で、従業員会社への愛着や貢献意欲を測ります。

従業員満足度が低い会社では、生産性の低下、顧客対応の質の悪化、そして最終的には離職の増加を招きます。経営者は従業員アンケートなどを使って定期的に測定し、従業員が意欲的に働ける環境を整えましょう。

②離職率
特に、経営者が問題視すべきは将来を期待していた中堅・若手従業員の離職です。

高いコストをかけて採用・育成した人材が流出することは、会社にとって計り知れない損失です。 単なる全体の離職率だけでなく、「部署別」「入社年次別」などで分析し、どこに組織の問題が潜んでいるのかを特定し、手を打つ必要があります。

【実行】データ経営の第一歩はたった1つのKPIから

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もしかすると、やはり自社にはハードルが高い、何から手をつければいいか分からないと感じられた経営者の方もいらっしゃるかもしれません。

しかし、データ経営の成功の鍵は、最初から全てを完璧に揃えることではありません。まずは、たった1つのKPIから始めることです。

経営者自身が、これだけは絶対に毎日チェックするという最重要指標を1つだけ決めてください。それは「キャッシュフロー」かもしれませんし、「粗利率」や「新規の商談件数」かもしれません。

そのたった1つのKPIを、まずは手書きのグラフやシンプルなExcelで構わないので、定点観測し続けることから始めてください。

そして、データ経営を社内に根付かせるために、何よりも重要なことがあります。それは、経営者自身がデータ(数字)で語る文化を醸成することです。

会議の場で、経営者が最近、なんとなく雰囲気が悪いといった感覚的な言葉ではなく、「今週はリピート率が先週比で3%低下しているが、原因は何か?」と、数字に基づいて議論をリードするのです。

経営者が本気でデータを見ていれば、幹部はデータを用意するようになり、やがて現場の従業員も自分たちの行動が、このKPIにどう影響するかを意識し始めます。

データは、会社の課題を客観的に共有し、どうすれば、この数字を良くできるか?を全員で考えるための共通言語です。

たった1つのKPIを見る習慣から始め、経営者自らがデータで語る姿勢を粘り強く示し続けること。それこそが、勘と経験だけに頼らない、強い組織文化を築き上げる一歩となります。