LTVを最大化せよ。リピート率を高める「ファンマーケティング」

2025.11.25

なぜ今、「LTV」と「ファン」が重要なのか?

※LTV=Life Time Value:顧客生涯価値。一人の顧客が取引期間全体で企業にもたらす利益の総額

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新規顧客獲得コストの高騰という現実

多くの企業が、売上拡大のために「新規顧客の獲得」にリソースを集中させています。しかし、市場が成熟し、あらゆる業界で競争が激化する現代において、その戦略は限界に達しつつあります。

なぜなら、「新規顧客獲得コスト(CPA)」が高騰し続けているからです。

ネット広告が顧客獲得手段の主流となり、国内の広告出稿量は増加し続けています。結果として広告単価は上昇し、数年前と同じ広告予算を投下しても、獲得できる顧客数は減少しているのではないでしょうか。消費者が一日に触れる情報量は爆発的に増え、ありふれた広告は誰の目にも留まらなくなっているのです。

マーケティングの世界には古くから「1:5の法則」という経験則があります。これは、新規顧客を獲得するコストは、既存顧客を維持するコストの5倍かかる、という意味です。高い広告費を払い、ようやく獲得した新規顧客が「1回きり」の購入で終わってしまえば、企業は利益を出すどころか、赤字を垂れ流し続けることになりかねません。この「穴の空いたバケツ」状態から脱却することが、今、すべての経営者に求められています。

では、どこに目を向けるべきか。その答えは、すでにあなたの会社と繋がっている「既存顧客」の中にあります。

売上の8割は「2割の優良顧客」から。パレートの法則とLTV

ここで、「パレートの法則(80:20の法則)」を思い出す必要があります。これは「売上の8割は、全顧客のうち上位2割の優良顧客が生み出している」という法則です。多くのビジネスにおいて、この法則、あるいはそれに近い数値が当てはまることが知られています。

企業が安定的な成長を遂げるためには、この「2割の優良顧客」をいかに競合に奪われない真の「ファン」へと昇華させるかが鍵となります。

そこで大切なのが、LTVです。新規顧客獲得にかけたCPAを回収するだけでなく、その顧客からどれだけ長期的に、そして安定的に利益を得られるか。このLTVの視点こそが、持続的成長の羅針盤となります。

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LTV最大化の鍵こそが「ファンマーケティング」

注意すべきは、「ファン」は単なる「リピーター」ではない、ということです。価格や利便性だけでリピートする顧客は、より安く、より便利な競合が現れれば、簡単に離れてしまいます。

一方で「ファン」とは、あなたの会社の商品・サービス、あるいはその背景にある理念やビジョンに強く共感し、愛着を持ってくれる存在です。彼らは、競合と比較することなく、指名買いで継続的に購入してくれるため、LTVが極めて高くなります。

それだけではありません。熱量の高いファンは、自らが「歩く広告塔」となり、友人や知人、あるいはSNSを通じて、無償であなたの会社の魅力を発信(UGC: ユーザー生成コンテンツ)し、次の優良顧客を連れてきてくれます。これは、「1:5の法則」の壁を打ち破る、最も低コストで最も強力な新規顧客獲得手法とも言えるのです。

これからの時代、顧客を「ファン」へと昇華し、LTVを最大化する経営戦略こそが、競争優位の源泉となります。

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ファンがもたらす3つの恩恵<

「ファン」はあなたの会社に3つの恩恵をもたらしてくれます。

①継続して購入してくれる(LTVの期間が伸びる)

ファンは、情緒的な絆で結ばれているため、解約率(チャーンレート)が極めて低いのが特徴です。サブスクリプションモデルであれば継続率の向上に、店舗ビジネスであれば来店頻度の安定に直結します。LTVの構成要素である「購買期間」を最大化してくれるのです。

② 自社に好意的で価格にこだわらない(LTVの単価が上がる)

ファンは、あなたの会社に絶対的な信頼を寄せています。そのため、新商品や高価格帯の上位プラン(アップセル)、関連商品(クロスセル)を積極的に受け入れてくれる傾向があります。また、合理的な理由で選んでいるわけではないため、無用な価格競争に巻き込まれることもありません。むしろ、適正な価格を「応援」の気持ちで受け入れてくれます。

③ 自社の商品を人に宣伝してくれる(CPAの低減)

これがファンの最も大きなな恩恵です。ファンは、自らの感動や満足を「誰かに伝えたくてたまらない」状態にあります。彼らがSNSやレビューサイト、あるいは実生活で発信する熱量の高い口コミは、どんな巧妙な広告よりも信頼性を持ちます。ファンが「歩く広告塔」として、次の優良顧客候補を連れてきてくれるため、結果として新規顧客獲得コスト(CPA)を劇的に引き下げることができるのです。

ファンマーケティングを成功させる「社内体制」の作り方

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ファンマーケティングは片手間で実行できる施策ではなく、経営の根幹に関わる「組織変革」そのものです。ファンを育て、LTVを最大化するために、「土台」となる社内体制を構築しましょう。

「売って終わり」からの脱却。全社で持つべきLTV視点

日本企業の多くは、長らく「新規顧客にいかに売るか」という「販売時点(Point of Sale)」をゴールとするビジネスモデルに最適化されてきました。営業部門は「契約獲得数」を追い、マーケティング部門は「新規リード獲得数」を追う。そして、一度売ってしまえば、その後の顧客との関係性は「サポート部門」任せ。これは典型的な「売って終わり」の分業体制です。

しかし、ファンマーケティングとは、顧客に「買ってもらってから」が本当のスタートです。LTVを最大化するということは、「顧客との関係性をいかに長く、深く育むか」の思考が全社員に浸透させることがポイントだと言えます。

例えば、営業部門が追うべきは、短期的な売上数字だけではありません。「自社のサービスで本当に成功できる顧客か」を見極め、導入後のミスマッチを防ぐことも大切な役割となります。ミスマッチな顧客は、すぐに解約し、LTVを押し下げるだけでなく、悪評を生む批判者にもなりかねません。

商品開発部門は、クレーム処理班からのフィードバック(受動的な声)だけでなく、ファンコミュニティから寄せられる「熱量の高い要望」(能動的な声)を積極的に製品・サービス改善に活かすべきです。

そして、コールセンターなどのサポート部門は、単なる「コストセンター(経費部門)」ではなく、顧客の不満を解消し、ファンへと転換させる「プロフィットセンター(利益貢献部門)」の最前線として位置づけ直す必要があります。

この意識改革は、現場の努力だけでは不可能です。経営者自身が「我々はLTVを最重要指標とする」とトップダウンで宣言し、組織の縦割りを排し、顧客データを全社で共有する仕組みを構築する強い意志が求められます。

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誰が「ファン」の責任者になるのか?(カスタマーサクセス部門の重要性)

「全社で取り組む」と言っても、ファン育成のプロセスを推進し、責任を持つ専門部署は不可欠です。その役割を担うのがカスタマーサクセス部門。従来のカスタマーサポートとの違いは明確です。

従来のサポートが、顧客からの問い合わせやクレームに対応する「受動的(リアクティブ)」な活動であり、ゴールが「問題解決(マイナスをゼロにする)」であるのに対し、カスタマーサクセスは、「能動的(プロアクティブ)」に顧客に働きかけ、顧客が製品・サービスを通じて「成功体験」を得られるよう導くことをミッションとします。そのゴールはLTVの最大化にほかなりません。

カスタマーサクセス部門は、顧客がサービスを使いこなせるよう導入支援(オンボーディング)を行い、利用状況データを分析して「解約の兆候」がある顧客を早期に発見し、先回りしてフォローします。同時に、優良顧客(ファン予備軍)に対しては、より上位のプランや関連サービスを提案(アップセル・クロスセル)し、さらなる成功体験を後押しします。

この機能は、SaaSのようなBtoBビジネスだけでなく、BtoCにおいても極めて重要です。ECサイトであれば、購入後のフォローメールや活用法の提案。店舗ビジネスであれば、来店後のサンキューレターやロイヤル顧客限定のイベント開催なども、広義のカスタマーサクセス活動と言えます。

「ファン」という曖昧な存在に対し、「カスタマーサクセス」という明確な責任部署を設置すること。それが、ファンマーケティングを絵に描いた餅で終わらせないための鍵となります。

測るべき指標(KPI):リピート率、解約率、NPS®

意識と体制を変革したら、最後に必要なのが「正しいモノサシ(KPI)」です。ファンマーケティングがうまくいっているかを測るため、従来の「新規獲得数」や「売上高」に代わる、以下の3つの指標を重視しましょう。

①リピート率(継続率): ファンが「買い続けてくれているか」を測る最も直接的な指標です。これが高ければ、新規獲得への過度な依存から脱却でき、安定した収益基盤が築けている証拠となります。

②解約率(チャーンレート): 特にサブスクリプションモデルにおいて致命的となる指標です。ファン育成がうまくいかず、顧客が離脱しているサインを即座に察知するために不可欠と言えます。

③NPS®(ネット・プロモーター・スコア): 「あなたは、この商品(サービス)を友人や同僚にどの程度勧めたいですか?」という質問を通じて、「情緒的な愛着度=ファン度」を測る指標です。単なる「満足度」とは異なり、未来

の収益性(推奨による口コミ効果)と強く相関することが知られています。顧客を「推奨者(ファン)」「中立者」「批判者」に分類します。

これらのLTVに直結するKPIを全社で追いかけることで初めて、組織は「売って終わり」の文化から「ファンを育てる」文化へと変貌を遂げることができるのです。

ファンは「育てる」もの。LTV経営への第一歩

お伝えしてきたのは、新規顧客の獲得コストが高騰し続ける市場において、「いかに売るか」だけを追い求める経営は限界を迎えている、という事実です。

これからの時代に求められるのは、短期的な売上を追いかける「点」の経営から、一度繋がった顧客と長期的な関係性を築く「線」の経営への転換です。その中核となる指標こそがLTVにほかなりません。

そして、LTVを最大化してくれる存在が「ファン」です。しかし、ファンは自然に生まれるものではなく、企業側の明確な意志と戦略によって育てていくものなのです。

難しく考える必要はありません。まずは今日から始められる小さな一歩を踏み出してみませんか。

例えば、既存の顧客リストを再度見直し、「自社を最も支えてくれている上位2割の顧客は誰か」を特定すること。そして、その顧客に対し、「いつもありがとうございます」という感謝を手書きの手紙や、心のこもったメールで伝えること。

その小さな関係性の構築こそが、あなたの会社を「LTV経営」へと導く、最も確実な第一歩となるはずです。