好きな時間に働く制度で3年間離職率ゼロ・生産性向上を実現できたワケ
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2023.10.19
- 従業員が好きな日に来て、好きな日に休める制度を導入したことで離職率が下がり生産性を向上させた会社があります。
大阪・摂津で水産加工会社を営む株式会社パプアニューギニア海産がこの制度を始めて10年、代表取締役社長・武藤北斗さんは「従業員への優しさ」ではなく「経営者として最も合理的だと考える働き方」だからこそ続けているといいます。同社の画期的試みを探りました。
出勤時間、出勤する日は自由
パプアニューギニア海産は1991年、武藤さんの父が東京で創業。その後、数カ所の拠点を経て宮城県に移りました。パプアニューギニア産の天然エビを工場でパックしたりエビフライなどに加工したりして宅配業者やスーパー、飲食店などに販売する事業を展開しています。
2代目経営者の武藤さんは大学卒業後、築地で2年半荷受けの仕事をした後、家業を継ぎました。現在従業員は社員3人、パート23人、年間売上は約1億円です。
同社が10年前に始めたのが、従業員が「好きな日に来て、好きな日に休める」働き方です。取材に訪れた日の午後には6人の従業員が工場で各々作業を行ったり、休憩室で休んだりしていました。「今日は出社が少ない日です」と武藤さん。月40時間以上出勤すれば、出退勤時間も出勤する日も自由ですが、1人も来なかった日は10年間で1日だけだといいます。
「パートは時給制です。時給は出勤しなければ払われません。こちらから来なさいと言わなくても従業員は出勤するのです」と話します。
同社にはかつて人材が定着せず、商品の品質も下がった時期があったといいます。武藤さん流・働き方改革「従業員が争わず、人が辞めない職場」作りによって、同社は3年間離職率ゼロ・生産性向上・人件費削減を実現させました。
「かつて従業員は機械の一部だと思っていた」
武藤北斗さんのお話
鮮度の良い天然エビを、添加物を一切使わず商品化しており自社の商品には自信を持っていました。家業を継いでからは新規営業開拓も始め、多くの契約を結びながら徐々に会社の規模を大きくさせていきました。
その当時は、従業員を機械の一部のように思っていました。私の思い通りにいかに従業員を働かせるか、説明するより圧力で動かしていました。工場には監視カメラまで設置し、従業員に「見てるぞ」という圧力をかけていました。本当の意味で監視はしていませんが、プレッシャーを与えることで仕事をするだろうと考えたのです。
今考えると、そんな人の下で一生懸命に仕事をするはずないのですが、会社を拡大させ給与を支払っていくための手段だと考えていたので、従業員のためでもあると思っていたのです。
会社を拡大すると、自分が大事にしてきたこだわりの部分を少しずつ手放していく必要がありました。商品の品質が落ちる可能性を考え、悩んでいた時期に東日本大震災が発生しました。
震災を機に大阪へ、1人の従業員がついて来てくれた
津波で工場が流され、骨格だけが残りました。同じ場所で再建するのは難しいと考え、取引先からの紹介で大阪に工場を移転させました。当時、被災地を出るのは周りから結構責められました。「大変な時に東北を捨てた」という雰囲気を感じました。そんな中、若い男性従業員が1人だけ一緒に来てくれました。
ギスギスする職場で離職者相次ぐ、ついに彼までも
新たな場所で彼と父、私の3人で工場を再スタートさせ、徐々に人を集めていきました。私は彼に工場を任せノータッチでいました。数年経つと、職場が徐々にギスギスしていくのがわかりました。次々に人が辞めては新たな人が入って、を繰り返しており「どう考えてもみんな会社のことが嫌だろうな」と感じていました。しかし、私は積極的に何か対策を取ることはしませんでした。
ある時ついに、宮城からついて来てくれた彼からも退職の意向を伝えられました。
引き留めましたが、彼の気持ちは変わりませんでした。しかし、この時の本音では、自分の仕事が大変になるから残ってほしいと考えていたのです。おそらく彼はそれを感じ取っていたでしょう。
私は腹をくくり、工場に入って15人のパートをまとめる覚悟を決めました。
そこから改革がスタートしました。
「職場を変えていきたいと思っている」と、1か月間、全従業員と面談して仕事に対する率直な意見を聞いていきました。職場がこのままの状態では良い商品を効率よく作ることができないのは分かっていました。放置するのは経営者として失格だ、との思いもありました。
「従業員が争わず、人が辞めない職場」こそ最も利益を出せる
そして導入したのが、従業員が好きな日に来て、好きな日に休める「フリースケジュール」制度です。きっかけは、従業員に子育て中の母親が多かったことです。子どもが体調を崩した際、いつでも休むことができ、連絡もしなくてよい職場なら、気持ちが楽だろうと考えました。
講演会などでこの働き方について説明すると、私が従業員に優しいからとか、会社が何かを我慢していると指摘されることがありますが、全く違います。
私が経営者として最も効率良く会社の利益を出すには「従業員が争わず、人が辞めない職場」を作ることが重要だと考えた結果なのです。
離職率低下・作業効率向上・人件費削減を実現
フリースケジュール導入は3つの大きな効果をもたらしました。
離職率低下
従業員が辞めなくなりました。人の出入りが激しいパート中心の職場にも関わらず、2019年~21年の3年間は離職率がゼロでした。
作業効率向上
以前はベテランが新人を指導する時間を多く割いていました。しかし新人が定着せず、ベテランは力を発揮できない悪循環が毎月繰り替えされていました。人が辞めなくなると新人が育ち、ベテランは力を発揮できるようになりました。また、ある程度皆が満足する組織になっていったことで作業の連携が取りやすくなり、作業効率が上がっていきました。
人件費削減と売上向上
人件費は2012年の1100万円から15年には700万円に下がりました。改革が受け入れられず退職した従業員もいましたが、作業効率が向上したことによって人が減っても作業水準は変わりませんでした。売上が変わらずとも人件費を削減することができたのです。また、作業効率向上に伴い、商品の品質も良くなりました。そうすると売り上げも上がっていきました。
改革に必要なのは常識に引っ張られないルール
大きな改革には、一般常識からかけ離れているケースが多くあります。皆が常識の方に引っ張られないようにするためには、しっかりとしたルールが必要です。
例えば、フリースケジュールでは「休みの連絡禁止」のルールがあります。多くの人が今まで生きてきた中で連絡をせずに休むことは非常識だと教えられています。「連絡しなくてもよい」といったゆるい決まりだと、一般常識の方が勝つためルールが壊れてしまうのです。
他に導入しているルールは以下です。
副業禁止
仮に全従業員が自社を副業の方にすると考えると、フリースケジュールが続けられなくなる可能性が非常に高いため禁止にしました。しかし、逆に考えると自社がメインであれば問題がないことになります。2年前からは週30時間以上働いている社会保険加入の従業員は副業OKにルールを変えました。
嫌いな作業をしてはいけない
私は掃除が嫌いですが、掃除が好きだという従業員がいたことがきっかけで取り入れました。月に1度、自分がしたくない作業に×をつけ、その作業は絶対にしてはいけない決まりです。仕事で嫌いな作業をしなければいけないという苦痛を取り除くための試みです。自由に好きな仕事ができるということではありません。×以外の作業に対しては徹底的に行うのが、会社の方針だと従業員には説明しています。
パートさん同士の質問禁止
聞きやすい人に負担がかかり、他の従業員に覚えようという気がなくなる結果となります。社員だけが質問に対してビシッと対応することで、職場内にメリハリがでてきました。
私は従業員には基本的には「仲良くするのをやめよう」と伝えています。従業員は偶然この会社に仕事をしに来たのであって、友達を作りに来ているのではありません。
それぞれが生活のために必要なお金を稼ぎに来ている中、最も大事なことは、苦しみなく働いていくこと。そう考え、仲良くしたり助け合ったりする必要のないルールを作りました。
例えば、背の高い人が高い場所にある物を取ることは一般的には優しい行為ですが、助け合わなくてよい場所に物を置くことが重要なのです。経営者は、従業員の阿吽の呼吸、気が利く人に頼るのではなく、まずは土台をしっかり作る必要があると考えます。
フリースケジュールを導入して10年、私たちの組織も完璧な組織ではありません。常になにか問題が発生し、その都度対策を打ち出していっています。組織に所属していく限り、それがリーダーの仕事なのだと感じます。
フリースケジュールの導入を勧めるワケ
フリースケジュールは、例えば1週間に3日は最低限出勤するなど形を変えていけば、どの業種でもできる働き方だと思います。私の発信から実際に導入した会社は2社ありますが、その内の1社、三重の菓子工場の経営者も「導入して分かりました。プラスしかない」と言います。争いのない職場は人材が集まり、辞める人も少ないです。この人手不足の時代に、採用で困ったことがなく、募集をかけると非常に多くの人が集まります。
皆さんの会社でも取り入れてみてはいかがでしょうか。
今後挑戦したいことは、フリースケジュールで回す飲食店です。もちろん一般的な飲食店の経営の仕方ではなく形態は変えます。例えば従業員が多く出勤した日は値段が安くなるなどといったことを考えています。場所を探し中ですが、失敗したらしたで、また面白いかなとも思います。