弁護士が教える、問題社員への正しい対処法
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2026.02.24
経営者であれば誰しも経験するのが「問題がある社員の対処」でしょう。
「仕事に意欲的でなく、パフォーマンスが低い」
「会社のルールを守らず、注意しても改善されない」
「その言動が周囲に悪影響を与える」
そのような社員が、もしかすると貴社にもいるかもしれません。
あまりに問題のある行動に対して「もう明日から来なくていい!」と言いたくなったことも、一度や二度ではないと思います。
ドラマなどでよく見る、トラブルを起こした社員に社長が「お前はクビだ!」というシーン。しかし、実際にそのようなことはまずできません。
また、もしそのようなことをしてしまうと、会社にとって大きな損失になる危険もあります。
「企業側の弁護士」として、多くの労務トラブル解決を行い、この度『職場の問題社員に困ったら読む本』(自由国民社)を出版した弁護士の上野俊夫氏に「問題社員への対処法」と、法的リスクを回避しながら円満な解決へ導くための実践的な話を聞きました。
有罪判決を受けた社員も解雇できなかった!

上野氏は、問題社員でも簡単に解雇できない理由を、日本の労働法の成り立ちから説明します。
「日本の労働基準法は、かつて工場などの劣悪な環境下で働かされていた労働者を保護するためにつくられました。労働者の地位を向上させ権利を確保し、会社とのバランスを取るという歴史的背景があります。
しかし時代は変わり、労働環境は改善されました。
今は法律や判例の積み重ねによって、パワーバランスは完全に逆転し、むしろ社員の権利のほうが強く守られているのが現在の状態です。
その結果、一般的な水準から見て明らかにパフォーマンスが低い社員であっても、給与を受け取り続けることができる。会社が解雇しようとしても、簡単にはできない。もし解雇しても、その解雇は不当であると訴えられ、裁判で負けてしまうケースが多発しているのです」
労働法に関しては会社側の常識がいかに通用しないかを示す、象徴的な判例があります。上野氏が紹介する「東京メトロ事件(東京地判平成27年12月25日)」です。
事案は、東京メトロの社員が電車内で中学生に対して痴漢行為を働いたというものです。社員は刑事事件でその事実を認め、罰金刑を受けました。鉄道会社の社員としてあるまじき行為であり、会社側はその社員を解雇しました。
しかし、社員側はこの処分を不服とし、『自分はやっていない』と主張を覆し、解雇の無効を訴えたのです。
裁判所の判断は驚くべきものでした。
裁判所は、社員が痴漢を行ったという事実は認めました。しかし、『解雇権の濫用』だとして、解雇は無効という判決を下したのです。
会社の信用を地に落とす行為で有罪になった社員ですら、簡単にはクビにできない。これが日本の裁判所が下した『解雇の現実』です。
普通に考えればおかしいことも、司法の場ではまかり通ってしまう。経営者はまず、この厳しい現実を直視しなければなりません。
罪を犯した人ですら解雇できないのですから、それより下の『意欲が低い』『勤務態度が悪い』といったレベルでは絶対に解雇はできないと思っていただきたいと思います」
解雇が無効=働いていたから賃金が発生

「解雇は無効です」
裁判でそう言われた時、会社が負うのは「クビにしたい社員を職場に戻す」という負担だけではありません。恐ろしいのが「バックペイ」と呼ばれる賃金の支払いです。
解雇が無効になると「その間に社員はずっと在籍していた」ことになります。つまり、解雇を言い渡してから無効という判決が出るまでの期間、例えば裁判が2年続けばその2年分の給与を、その社員が働いていなかった期間分も含めてすべて支払わなければなりません。
年収500万円の社員であれば、2年で1000万円。会社はまったく仕事をしていない社員に対して、この額を支払うことになります。これを私は『バックペイ地獄』と呼んでいます。
この理不尽さは、離婚問題における『婚姻費用』の仕組みに似ています。
例えば、妻が浮気をして家を出て行ったとして、その場合夫は被害者になりますが、離婚が成立するまでの間、収入の多い夫は妻に対して生活費(婚姻費用)を支払い続けなければならないケースがあります。
浮気という決定的な裏切り行為をした側が、毎月10万円、20万円と請求できてしまう。支払う側からすれば理不尽極まりないですが、これが法律です。雇用契約も同様に『継続的な関係』を前提としているため、一度契約を結ぶと、解除するまでの間、会社は極めて重い責任を負わされ続けるのです。
中小企業の社長の多くは、このリスクを知りません。
『あんな奴はいらない』と感情的に解雇を言い渡し、後から弁護士をつけた社員に『不当解雇だ』と訴えられ、数百万単位の解決金やバックペイをむしり取られる。そんな悲劇が後を絶たないのです。
正攻法は「クビ」ではなく「辞めていただく」」

昨今ではSNSなどで『クビになってもカネを獲れた』という自身の経験を伝えるものも増えており「解雇されても訴えれば勝てる」という認識が広がっています。
会社に損害を与え続ける問題社員でも、クビにすることはできませんが、経営者にできることはあります。目指すべきゴールは、話し合いによる『合意退職』です。クビにするのではなく、条件を提示して『辞めていただく』これが会社を守るための唯一かつ最善の正攻法と私は考えています。
問題社員対応の具体的なステップを紹介します。
ステップ1:客観的な事実と証拠の積み上げ
問題のある社員に対して、いきなり『辞めてくれ』と言うのは得策ではありません。まずは、問題であること、問題行動の証拠を固める必要があります。
● 指導書の作成: 「他の社員は月100万円売り上げているが、あなたは10万円しか達成していない」「遅刻が〇回続いている」など、具体的な事実に基づいた指導記録を残す
● 改善の機会を与える: 注意しても改善が見られなかったというプロセスを経ることが重要です。
● 証拠の確保: 例えば「サボっている」疑いがある場合、興信所を使って行動確認を行い、「勤務時間中にパチンコをしていた」「競合他社の手伝いをしていた」といった動かぬ証拠を掴むことも有効です。
ステップ2:退職勧奨(オファー)の実施
準備が整ったら、面談を行い「退職勧奨」を行います。これは解雇通告ではなく、あくまで「退職のお願い」です。
「あなたのパフォーマンスは会社の期待値に達していない。これまで指導もしてきたが改善が見られない。ついては、会社としては契約を終了したいと考えている。この条件で合意してもらえないか」と切り出します。
ステップ3:条件交渉と「プランB」の提示
ここでただ「辞めてくれ」と言っても、問題ある社員にも生活があるため、首を縦には振りません。ここで重要になるのが、会社側からの「条件提示」です。
● 解決金の提示: 「今月末で退職することに合意してくれれば、給与の○ヶ月分を解決金として支払う」といった金銭的な条件
● 柔軟な退職日の設定(プランB):
上野氏が勧めるテクニックの1つに、在籍期間の猶予があります。
「例えば、『12月末での退職』を提案しつつ、もし次の仕事が決まっていないなら『1月末までは在籍扱いでいい。ただし出社はしなくていいし、その間の給料も支払う。その期間に転職活動をしてほしい』というプランBを提示するのです」
履歴書に空白期間ができることを嫌う社員にとって、この「在籍しながら転職活動ができる(しかも出社免除)」という条件は大きなメリットになります。
「会社としては数ヶ月分の給与負担になりますが、バックペイで数百万取られるリスクや、社内に居座られて士気が下がるコストを考えれば、安いものです」(上野氏)
「ダブル解雇」によるリスクヘッジ
そのような話し合いを行っても解決しない場合、最終手段として「解雇」を選択せざるを得ないこともあります。その際も、戦略が必要です。
解雇と一言でいっても、実は複数種類があります。「懲戒解雇」と「普通解雇」です。

会社に多大な損失を与えている社員を、経営者の感情的には「懲戒解雇」にしたいところですが、懲戒解雇は社員にとって「死刑宣告」にも等しい重い処分であるため、裁判所は有効性を極めて厳格に判断し、その結果、解雇が認められないこともあります。そこで使いたいのが『ダブル解雇』という手法です。
懲戒解雇の通知と同時に、予備的に普通解雇の通知も行っておくのです。もし裁判で懲戒解雇が無効と判断されても、普通解雇が有効であれば、雇用関係の終了は認められます。
最も避けるべきは、労働法を知らない経営者が独断で解雇を強行することです。また、会社に顧問弁護士がいても、その弁護士が労働法に詳しくなければ、後々で問題になる手順を踏んでしまう危険があります。
労働法は特殊な分野です。会社側の立場に立ち、実務的な駆け引きを知っている専門家のアドバイスなしに動くのは、丸腰で戦場に行くようなものです」
社員が問題を起こすような会社になっていないか?

ここまでテクニカルな対処法を解説してきましたが、上野氏は最後に、経営者の「マインドセット」の重要性を説きます。
「会社と社員の関係において、法的には社員のほうが圧倒的に強い立場にあります。まずはその現実を受け入れることです。『雇ってやっている』『給料を支払ってやっている』という上から目線の態度は、トラブルの元凶になります」
そしてこの意識は、退職勧奨の場面だけでなく、日々のマネジメントにも影響します。
「古い考え方で社員に接していると、優秀な社員から愛想を尽かされます。今は人手不足の時代です。地方の中小企業などでは、仕事があっても人がいなくて受けられないという事態が起きています。社員のリソースがなければ事業は成り立たないのです。
『問題社員が生まれてしまう余地が会社になかったか?』をこの機会に検討し、前向きな対応ができるようになっていただきたいと思います」
退職勧奨は、必ずしもネガティブな行為ではありません。上野氏は、ある有名YouTuberの例を挙げます。
「彼は元々国家公務員でしたが、仕事ができず、モチベーションも低かったそうです。しかし公務員を辞めてYouTuberになった途端、その才能が開花し大成功しています。公務員になることは親の意向だったようで、本人が望んでいたものではまったくなく、その仕事内容もその人に適性があるものではありませんでした。
人は環境によって、能力を発揮できたりできなかったりするのです。
自社で問題社員とされている人物も、単に会社との相性が悪いだけかもしれません。
会社にしがみついてお互いに不幸になるより、条件をつけて円満に退職してもらい、新しい環境でリスタートしてもらう。そのほうが、本人にとっても社会にとってもプラスになるはずです。
問題社員への対応で最も重要なのは、「感情」ではなく「計算」で動くことです。
「あんな社員にお金を支払って辞めてもらうなんて納得がいかない」
その気持ちは非常にわかります。しかし、その結果、裁判で泥沼化し、数百万~数千万円を失うリスクを負うべきではありません。お金だけでなく、裁判が長期化するとそれに奪われる時間も膨大なものになります。
解決金を支払ってでも、早期に、穏便に、合意して退職してもらう。
「辞めていただく」という姿勢で交渉のテーブルに着く。
これが、日本の厳しい労働法制の中で会社を守り、事業を継続させるための、経営者の賢明な選択なのです」
取材者プロフィール
上野俊夫
上野労務経営法律事務所 代表弁護士
群馬県高崎市に生まれ東京都で育つ。一橋大学大学院国際企業戦略研究科修了(労働法ゼミを専攻)。経営法曹会議会員。
弁護士会活動では、2013年度に群馬弁護士会副会長を務めた。
高校1年生の夏休みに缶ジュースを自動販売機に補充するアルバイトをしていたところ、会社が倒産し15万円のアルバイト債権が焦げ付く。自ら労働基準監督署に行き監督官に会社を指導してもらい、15万円を無事回収し、15歳にして労働事件を経験する。
この原体験から労働問題への関心を抱き、2004年の弁護士登録後、大学院で労働法を本格的に研究する。
2008年に、当時、全く弁護士が不在であった群馬県館林市で事務所を開設する。地縁はなかったものの地域の方々に温かく迎えられたことに感銘を受け、「地方を支える中小企業を元気にしたい」という思いを強く抱く。
その中で労働トラブルにより経営的な痛手を負う中小企業の事例を数多く目の当たりにし、地域貢献のためには、自身の労働法の知識を活かして経営者をサポートすることが不可欠であると決意する。
現在は、「中小企業側の弁護士」として、問題社員への対応、未払い残業代、団体交渉など、幅広い労働問題の解決に尽力し、100社以上の事業者と顧問契約を締結している。
過去3年間で1000件を超える経営者からの相談に対応。経営者からの裁判や交渉の依頼を200件以上受け、その内の半分近くを占める労働事件を解決してきた。
交渉においては910万円の残業代請求がされた事件を80万円の支払いで和解するなどの実績を持つ。
その他、各種団体や社会保険労務士向けの講演活動にも積極的に取り組み、企業の健全な労務管理に貢献している。
著書に『職場の問題社員に困ったら読む本――弁護士が教える採用・懲戒・解雇の完全対策』(自由国民社)がある。


