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長時間労働、高離職率が当たり前の業界で定着率100%を実現した理由とは?

2024.09.03
業界の性質上長時間労働、早朝・深夜作業が当たり前の世界で、常識にとらわれない働き方改革を実行した企業を取材しました。

2019年から法的な制度として働き方改革が始まり、多くの企業で長時間労働の是正などが行われてきました。人手不足が加速する中、人材の確保はますます重要になっています。「うちの業界では無理」だとあきらめるのではなく、「まずやってみる」ことで改革は着実に前進していきます。

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かつて「激務」が当たり前だった業界」

舞台裏で作業を行う金井大道具株式会社の社員(同社提供)

金井大道具株式会社(東京都・中央区)は、歌舞伎や演劇、イベントやファッションショー、テレビ番組セットなどのデザインや設計、美術製作などを行う企業です。

同社はかつて当たり前に「激務」をこなしていました。業界の慣習上、早朝や深夜に仕事が入ることもあり、土日休みを固定化できませんでした。月の残業時間が100~150時間にのぼることもあったといいます。

「そのような働き方が常識でした」と語るのは同社・代表取締役社長の金井勇一郎氏です。

長時間労働を続けていった結果、無理がたたり体調を崩す社員が増えてきました。それに伴い離職率も上昇していき、大量に採用して大量に辞める状況が続いていたのです。

「せっかく、ものづくりが好きでエンターテインメントの世界で働きたいと志して入社したにも関わらず、長時間労働によって心身ともに不調をきたす社員が続出していました」と金井氏。業界全体が同じような状況でしたが、「これではいけない」と思うようになったといいます。

「会社を変えなければいけない。昔のやり方では事業を続けていけない」。

そう感じた金井氏は、他社に先駆けて働き方改革を行う決意を固めました。

ちょうど国の働き方改革も始まった時期でもあり、金井氏は3年ごとの中期経営計画を立て、仕事や働き方の改革を1つひとつ実行していきました。

取り組み①社員を休ませる

金井大道具が進めてきた働き方改革を振り返る金井勇一郎社長

それまで当たり前だった業界の常識を覆すことは「自分1人ではできませんし、非常に時間がかかりました」と金井氏は言います。

最初に決めたのは土日を休みにすることでしたが、その提案は多くの社員から猛反対されてしまいます。

「社員は仕事を減らす想像がつかなかったと思います」と金井氏。

テレビやイベントの仕事は前日に依頼されることも多く、また土日を休みにすると金曜日が非常に忙しくなってしまう懸念がありました。

当時を振り返り、執行役員の中村知子さんは「休みができることをうれしく思ったと同時に、実現可能なのか疑問を感じました」と話します。

社員を休ませるために、金井氏は仕事を抑制する決断をしました。

それまで顧客から依頼された案件は全て引き受けていましたが、繁忙期には仕事に受注制限をかけ、新規顧客からの依頼は思い切って断ったのです。

自分たちの許容範囲以上の仕事は請け負わず、社員1人ひとりが可能な範囲で働き方改革を進めていきました。

1年間かけ社員との話し合いを行い、最終的は金井氏が「やってみよう」と断行し、土日が休みになりました。

当初は反発していた社員でしたが、2日間連続して休むことで心身の疲れがとれるのを実感したといいます。中村さんも「精神的にも肉体的にもこれまでと全く違いました」と話します。

取り組み②社長が率先して資格取得

飾られているのは金井社長がこれまで取得した資格の合格証や同社の取り組みに対する表彰状など

受注制限によって会社の売上は1割ほど下がりましたが、「社員の健康を守ることを優先しました」と話す金井氏は、健康経営にも力を入れてきました。

社員の健康診断受診率を100%にするため、産業医、臨床心理士、看護師によるサポート体制を整備。また、「トップから意識を変えないと会社は変わらない」と考え、自らメンタルヘルスマネジメント検定Ⅰ種や心理学検定などさまざまな資格を取得し、知識を吸収していきました。

「資格の勉強をしたことで、今まで気づかなかった社員の気持ちを知ることができました」と金井氏は話します。

取り組み③次世代を担う社員を取り込む

また、次世代の会社を担う人材を外部の研修に参加させ、そこで得た学びを社内の意識改革にも繋げていきました。

大道具業界では、自分の仕事を積極的に人に『任せる』ことはしない傾向だといいます。そのため金井大道具では管理職になっても皆が現場に出ているのが当たり前でした。

外部研修に参加した中村さんは、このような指摘を受けたと話します。

・「金井大道具は、業績は安定していて問題ないが、働き方に関してはもっと良いやり方がある」

・「それぞれの会社にそれぞれの『当たり前』があるが、金井大道具の『当たり前』が世間の『非常識』だったり、世間の『常識』が金井の『非常識』だったりする」

「それまでは、『うちの業種は普通の会社とは違うから仕方がない』と思い、長時間労働をしてきました」と中村さん。自分たちは変わると決め、実行したことで社長だけでなく社員の意識も変化していったのです。

定着率は100%。技術の継承を実現

働き方改革によって社員の「明るい」笑顔が見られるようになったという(同社提供)

働き方改革を実行したことによる最も大きな成果は、離職率の大幅な低下でした。現在、家庭の事情や特殊な事情を理由に辞めた社員を除いて、金井大道具の定着率はほぼ100%です。

社員の定着率が高まったことで、金井氏は技術の継承ができていることを実感しています。

ほとんどが手作業で行われる大道具の仕事は、3年で一人前になると言われていますが、かつてはそうなる前に人が辞めていました。

工作機械の活用などが進み、業界全体で「人を育てて技術を継承する」意識が徐々に薄れているといいますが、金井大道具では伝統的な難しい技術を習得している若手が多くいるため、同業者から驚かれるといいます。

もう1つの成果は、社員が明るい笑顔になったことです。もちろん昔も笑顔はありましたが、「どことなく疲れていた」そうです。

金井氏は「以前よりも若い社員が率先して動いている」と感じています。かつては問題や相談事は全て社長の元に集まり、それに対して1つひとつ指示をしていたそうです。「今では社長が知らないことがどんどん増えてきますね」と笑います。

社員からの提案で新たな制度創出

舞台裏で作業を行う金井大道具の社員。働き方改革の結果、今では社員の提案から新たな制度が作られることも(同社提供)

これまで社長が率先して進めてきた働き方改革ですが、いまでは社員からの提案で新たな制度も作られています。

女性社員の要望からできた「F休暇(生理休暇)」。その後、社員が短時間通院する際に使用できる「健康支援休暇」(年間14時間)などができました。業界ならではの「観劇補助制度」は、年に1回、自分が見たい演劇のチケット代(上限1万円)が補助され、観劇日は特別休暇が付与される制度です。

どんな業界でも働き方改革は実行できる

「どんな業界でも働き方改革は実現できる」と語る金井社長

金井氏は言います。

「さまざまな会社の方とお話しすると「うちの業界では働き方改革はできない」とおっしゃる経営者の方も多いです。しかし、まずやってみてはいかがでしょうか?

1.継続すること

2.トップがしっかりメッセージ発信すること

3.理解者を増やすこと

この3つがポイントです。

社員からは当然、さまざまな反発も出てくると思います。

特に長年経験を積んでいる年配の社員は、なかなか理解できない面もあるでしょう。

それをきちんと納得してもらうための努力が必要です。

理解者を増やすためにも、常にコミュニケーションをとることを忘れないでください。

私たちの働き方改革も、まだまだ道半ばで完璧だとは思っていません。

全てを一度に変えることはできませんが、徐々にでも変えていくことが重要ではないでしょうか。

『うちの会社では無理』だとあきらめるのではなく、とにかくやってみる。そうすることで会社が変わっていきます。

「そのためにはみんなで頑張るのです」

金井氏が考える誰もが働きやすい環境とは、新入社員もベテラン社員も関係なく誰もが自分の考えや意見をはっきり言うことができ、それを受け入れられる組織だといいます。

心理的安全性を実践していきながら、伝統ある技術を次世代に継承していくため、金井大道具は新たな時代の働き方を模索し続けています。

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