15年で40億。急成長企業の社長が経験した「3つの裏切り」
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2026.03.03

- 世の中に「成功事例」は多々あふれています。
「こうしたからうまくいった」「私はこれで成功した」 そう語る人は多々いますが、ここで取り上げるのは、積み重ねたのは「私はこれで失敗した」「信じていた仲間に裏切られた」の数々。
そしてそれでも、それらを糧に、一歩ずつ前に進みながら、北海道で創業から15年で売上40億円のグループをつくり上げた企業の話です。
北海道のワンダーストレージホールディングス株式会社は、「本当に必要なサービスを誰もが安心して受けることができる社会」を目指し、2011年に創業。徹底的な市場ニーズ調査を行い、中古物件を再利用してコストを見直し、誰もが生活しやすい価格帯の老人ホームを運営。地元の札幌市を中心に介護・医療・障がい者支援・給食サービスなど生活に必要な事業をプラットフォーム化し、経営を進めてきました。
その企業の創業者である佐藤肇祐氏の著書『不器用な経営』(総合法令出版)の中から、特徴的なエピソードをお届けします。
2社連続クビからの「仕方なく起業」

ワンダーストレージホールディングス株式会社 代表取締役兼グループCEO 佐藤肇祐氏
この会社の成り立ちは創業者であり代表取締役兼グループCEO 佐藤肇祐氏が「ほかに手がなくなり、資金ゼロで会社を興す」ことから始まります。佐藤氏は、新卒で勤めた東京の会社で成果を出し、若くして部長になり収入も安定していました。
それが、家庭の事情で北海道に戻らざるを得なくなり、地元の企業に就職するも、2社連続で解雇されます。東京の大手企業で成果を出していた手法は、地方の小さな会社ではその価値を理解されず、経営者に「うちの会社にいないでほしい」と言われてしまったのです。
職を失った佐藤氏は「誰も雇ってくれないので、自分で会社を興すしかない」と決意します。
家の事情でお金もなくなっていたので、まずは資金をつくるために、名刺印刷販売を開始。当時は100枚で2500円が相場だった名刺印刷を1680円で受け、現金払いは1500円にして毎朝7時から飛び込み営業をし、夜11時まで1日に100件以上を回りました。
それだけの営業を行ったことで、会社の社員90人全員の名刺印刷を切り替えてもらうなどの注文を集め、ほかにも運転代行や清掃などさまざまな仕事をして資金を貯めていきます。
そうして180万円を集め、融資を100万円受けて、わずか2カ月で高齢者住宅の請負事業に乗り出します。
「資金がなく、建物を買えないので流行っていない老人ホームを見つけて、運営を請け負う」
そう決めて営業を開始し、老人ホームの運営者になったのです。
うまくいき始めた途端のオーナーによる追い出し
入居者募集も運営も完全に素人だったにもかかわらず、名刺販売のとき同様営業をかけて介護におけるキーパーソンであるケアマネージャー、医療ソーシャルワーカーとの関係を構築。その人たちから紹介を受け、5年で入居者が1人しかいなかった物件の16室を1カ月で満室にし、運営を請け負う老人ホームを3棟、100室規模に拡大していきました。
そのときに佐藤氏が経験したのが、老人ホームのオーナーによる裏切りです。経営がうまくいくようになったのを見て「運営は自分たちでやるから」と佐藤氏の会社に手を引くよう、弁護士経由で通告してきました。
さらに、そのオーナーは老人ホームの利用者の通帳を奪い「佐藤の会社に介護を頼むならば小遣いは渡さない」と脅す行為まで始めたのです。
そのオーナーの物件からの売上がなければ、事業を立ち上げたばかりの会社は一気に倒産の危機に瀕します。
しかし、利用者の家族からも「佐藤さんの介護は本当に素晴らしい。でも、この環境に親を置くのは健全ではない」という言葉を受け、佐藤氏は撤退を決めました。
とはいえ、この撤退は会社の致命的な危機を意味します。「会社は持って3カ月」そのレベルまで追い込まれました。
その危機を救ったのは、ある総合病院の理事長室長でした。「紹介したい人がいる」と言ってくれて、その人たちが物件をいくつも提供してくれたのです。また、佐藤氏の会社を追い出したオーナーのもとで困っていた入居者たちも、家族の希望で新しい住宅にほとんど移転してきてくれました。「これほどうれしいことはなかった」と佐藤氏は当時を振り返り語っています。
「ふざけるな!」あまりにも理不尽な支払い命令
起業してから15年の間に、佐藤氏はこれ以外にも様々な裏切りを経験してきました。
創業2年目の朝は、出社するとクリエイティブチームの机、PC、サーバーなどすべてが跡形もなく消えており、連絡がつかなくなったこともあります。
資金繰りに行き詰まり「傘下に入れてください」と社長が土下座して頼んできた企業に対し、佐藤氏は出資を決め、資金を先に投下しました。しかし、その会社の株式取得の手続きをのらりくらりとかわされ、あるタイミングでその社長は入居者を自社の別物件へ一気に移転し、事業を乗っ取りました。
ほかにも、隠れてプール金をつくり私的に流用する、権限の範囲で「研修旅行」と称して部署旅行で豪遊するなどしたり「佐藤の会社は間違っている。自分たちでユートピアをつくろう」と耳障りのよいことを言いながら仲間を引き抜き、裏では業者からキックバックを受け取って独立資金をつくっていた元社員もいます。
最もひどかったと言えるのが、障がい者グループホーム事業のために出資を受け入れた女性役員による裏切りです。
彼女は「障がい者グループホーム事業は社会に絶対に必要だから、私がけん引する。この事業が黒字になるまで、役員報酬はゼロでいい」と宣言し、その条件を明記した覚書まで提出していました。
しかし、責任者に据えられたその女性は、佐藤氏に黙って裏で自らの訪問看護事業を経営し、グループホームの利用者をそこへ流して利益を上げていたのです。
それが発覚し、佐藤氏は彼女を解任しました。不正を働いていた人物を弾劾することができ、そのときは「スカッとした」といいます。
しかし、とんでもないことが起こります。その彼女はその後、役員報酬が支払われていないとして、解任され働いていなかった期間も含めた未払い報酬を請求する裁判を起こしたのです。佐藤氏はその女性は事前に「役員報酬はゼロでいい」と宣言し覚書まで提出したのだから、当然自分たちが勝てる、その訴えは退けられると考えていました。
しかし現実は違ったのです。裁判所は「親会社に管理責任がある」として、佐藤氏側が敗訴し、支払いを余儀なくされました。
佐藤氏は「本当に意味がわからなかった。『ふざけるな!これが資本主義か!』と心の中で叫んでいた。怒りすぎて2週間くらい社長室に誰も入っていなかったことを覚えているくらい」だと当時を振り返ります。
佐藤氏は「裏切る人は、自分が悪事を働いているという自覚が薄く、むしろ『自分たちは正しい』と思い込んでいる」と語ります。
例えば、会社の利益を自分の懐に入れる背任行為をしていても、「利用者のためにやっている」「大手に吸い取られるより、自分のほうがマシだ」といった理屈で矛盾を正当化するというのです。
そして、その「正しさ」を主張する言葉に周囲が惑わされ、いつの間にか共犯関係や裏切る側に巻き込まれていくことがあります。
裏切りは決して突発的には起こりません。組織内の「ズレ」や「溝」から生じ、そして組織を内側から腐敗させる特徴があります,。
ビジョンに合わない人間は、自分の部署だけで「別のルール」を作り始めます。隠れてプール金を作ったり、権限の範囲で私的な豪遊をしたりします。
表では会社の一員のような顔をしながら、裏では仲間を引き抜き、土台を掘り崩す行動をとるのです。
社長がいないと会社が3カ月で傾いた現実
最後に、裏切りではないもの「信じていたのに……」と佐藤氏が愕然としたエピソードを取り上げます。
それは佐藤氏のお子さんが生まれたときのことです。23週で、未熟児の状態で生まれてきてしまい、毎日見守りが必要でした。
佐藤氏はお子さんのために時間を使いたい、半年でいいので子どもに向き合いたいという旨を伝え、役員、管理職は同意してくれました。「社長の不在は自分たちが支える!」とメンバーの士気も高い状態に、佐藤氏も安心してあとを託します。
しかしそれから3カ月後、佐藤氏はメインバンクから「1人で来るように」と急遽呼び出されます。そして告げられたのは「このままでは融資を引き上げざるを得ない」という言葉でした。
役員からは毎日「問題ない」と報告を受けていましたが、実際は退職率が過去最高の20%に迫り、営業成績も大きく下降。営業利益もゼロを割る状態。
たった3カ月で会社は倒産の危機に瀕していたのです。
佐藤氏が会社に来てみると、社員は疲弊し、数字は落ち込み、組織は責任の押し付け合いでガタガタになっていました。
「社長の自分がいないと、たった3カ月でこうなってしまうのか……」
佐藤氏はその現実を突きつけられました。
その後会社にお子さんのケアもしつつ会社に戻った佐藤氏は、創業来のメンバーとともに、会社を立て直します。様々な問題を解決していく間にも7つの事業を立ち上げ、すべて短期間で黒字化させました。
その後会社は新たなCOOが入り、会社の経営陣は入れ代わっていきます。新たなCOOは「能力ではなく会社愛の最もある人間を会社の上層に据える」方針を掲げました。
それまでの幹部は「自分が成績を上げることが一番」で、部下の頑張りは自分の手柄」と考える人が多かったといいます。
能力はあっても「会社をよくしよう」という思いに欠けていて、だからなのか裏切りなどの行為も起きていました。
そのような人たちが去り、会社愛のある人が上層部にいることで、会社も変わりました。会社愛があり「この会社が好きで、この会社で働けることが幸せ」と考えられる人は、部下のことも思いやれて、部下に「愛情のある負荷」をかけられるといいます。
「この目標を達成できると、あなたはこの会社でより多くの成果を出せるようになり、役職も給与も上がるから、大変だけれどもぜひ目指してほしい」というような働きかけをするのです。
そして「あいつは頑張っている」というように、その人のよいところに目を向けて評価をします。そのような「利他の精神」を持つ人が増えたことが、会社を大きく前進させました。
失敗を糧に今を、これからをよいものに

2025年に移転したワンダーストレージホールディングスの新本社
会社の創業から15年、数々の裏切りを経験した佐藤氏は、腹を立て、絶望することもありましたが、それらの経験を「未来への通行料」だと語ります。
佐藤氏は「逆境の中で牙をむくことを生きがいとしてきた」と語ります。だからこそ、自身に降りかかった様々な厄災も、それを糧に会社を成長させてきました。
子どもの入院中に会社が傾きかけた危機も、佐藤氏は「自分が不在でも回る組織をつくるチャンス」と捉え直し、復帰後は猛烈なスピードで改革を進めます。
「私の会社」ではなく「我々の会社」へ。その意識変革が企業の成長を加速させ、人材も「佐藤肇祐と働きたい」が動機の人が集まっていたのが「この会社で働きたい」へと変わっていきました。
佐藤氏は自身を「臆病者」と語ります。
臆病だからこそ周到に準備をし「イケる」と思ったならば「暴走」します。佐藤氏の中では「危険は何もないとわかっているのだから、あとは突っ走るだけ」です。
そのスタートのスイッチが入った瞬間のトップスピードは、ついていけない人を生み出すことにもつながりました。
これまでに裏切った人たちは、もしかするとそこに原因があったのかもしれません。
「裏切りは未来への通行料」そう言います。
老人ホームのオーナーに追い出されたときは「品格のない人とは組まない」と決めました。
裁判に負けてゼロでいいと言われていた役員報酬を支払った際は、その機会に法務周りを強化しました。
社長の自分に正しい情報が来ないことで危機に瀕した際は、正しい情報を忖度なしに上げてくる創業来のメンバーを重要な位置に据えて問題を解決しています。
そもそもの「会社=社長」の状態を脱するための取り組みも強化しました。
今回取り上げた内容はどれも衝撃的なものですが、大事なのは「失敗をどう先に活かすか」それを教えてくれる話でもあります。
また遠回りをしたようで、実は会社がよくなるために必要な道を歩めたのかもしれません。



