世界最高峰を唸らせた!優れたリーダーの「承認力」
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2023.05.01
- この記事をお読みの経営者の皆様は、リーダーとしての職責を担っていらっしゃることと思います。そのような方々は「リーダーに必要なことは何か?」についても、常々お考えでしょう。
今回は「典型的な3K職場」の労働者たちが、生き生き働くようになり、その取り組みが世界最高峰の学術機関でも注目されるようになった日本の会社の例をお届けします。そのような成果につながったのには、ある人物の卓越したリーダーシップがありました。そしてその手法は、誰にでも実践できるものです。
最初は「あんなところに行くのか……」
新幹線の東京駅や上野駅のホームで、到着する新幹線に礼をする清掃員の姿を見たことのある方はいませんか?礼をしているのはJR東日本の新幹線清掃を担当する会社「TESSEI(テッセイ)」の職員の皆さんです。
TESSEIの職員は、終点駅に到着し、乗客が下りたあとの車両のごみを片付け、汚れを掃除し、座席の位置を変えるなどの仕事を行います。東北新幹線や北陸新幹線など数多くの新幹線がひっきりなしに到着する終点駅では、すみやかに車両を清掃して折り返し発車できるようにしなければなりません。
ラッシュの時間帯などは本当に限られた時しかなく、清掃のために必要な時間はたった7分と、ほんのわずかなことすらあります。 新幹線というものすごいスピードの乗り物が入ってくる駅で、ごみを片付け、掃除する、それも短時間でやらなければならない。新幹線清掃は、典型的な「3K(きつい・汚い・危険)」の仕事です。
実際に従業員のモチベーションは低く、事故などもよく起こっていました。 そのようなTESSEIに出向したのが、それまでJR東日本に長年勤務した矢部輝夫氏です。矢部氏はTESSEIへの異動辞令が出たとき「あんなところに行くのか……」と感じたといいます。 それと同時に、こうも思いました。
「どうせ行くなら、楽しい会社にしたい!」
ハーバードを唸らせた現場力は、どのように生まれたのか?
その後TESSEIでの、「3K職場でやりたい人もいない新幹線清掃という仕事を、やりがいあふれる場に変えた」矢部氏の手腕は、アメリカのハーバード大学のビジネススクールでもケーススタディのモデルになりました。
ビジネススクールの教授は「なぜ職場は変わったと思う?」とハーバードのエリート学生たちに問いかけます。 学生たちは「働く人の給料を上げたから?」などの回答をするも、全員外れです。 読者の皆様も、一度考えてみていただければと思います。
①リーダーが現場を徹底的に見て回る
②メンバーにその役割を伝える
③現場から上がってくる提案に、採用しないものでもとことん耳を傾ける
です。
「その言葉を聞いた現場社員の目が、キラリと光るのを感じた」と矢部氏は言います。 「たかが掃除要員」と自らを卑下していたメンバーも「自分たちは技術者、不可欠な存在」と認識したことで、やる気を高め、それと同時に現場を、仕事をよりよくするための提案や意見などを寄せるようになりました。 「それまでのリーダーは自分たちの声を聞いたりなんかしなかった」となかばあきらめモードだった社員たちは、現場を見て回り、自分たちを技術者と認めた矢部氏に対し、期待したわけです。
矢部氏の対応で特に秀逸と私が感じるのはこの部分で、矢部氏は上がってくる意見、提案すべてに対し真摯に向き合いました。 意見のほとんどは「マネジメントの立場からははるか昔に検討し駄目だとわかっている」ものです。それでもすべての意見を改めて検討し、不採用のものに対しても、提案してくれた人に「このような理由で採用はできなかった。ごめんね。ただいつでもまた新たな案を寄せてほしい」とフィードバックを繰り返しました。 意見・提案をした側にしてみれば、何のリアクションもなければ、自分のアクションは果たして検討されたかどうかもわかりません。「見てもらえないなら、声を上げても意味がない」と思うようになります。それは自然なことです。
「不採用のものでも、フィードバックしたこと」は非常に重要で、提案する側にすれば、採用されるかどうかよりも大事なのは、きちんと向き合ってくれているとわかることです。 そして不採用でもその理由が的を射ていれば、提案者も納得できるものです。採用はされなくとも、リーダーは自分に向き合ってくれている。そう感じたメンバーからは、その後も意見や提案が多く寄せられました。矢部氏はそれらに向き合い、フィードバックを繰り返していったのです。
だんだんと寄せられる意見も精度が上がっていきました。採用されるものも出てきて、その数は増えていったのです。自分の意見が採用されて、それにより働きやすくなるなど環境がよくなっていく。それを感じたメンバーは、やる気を高めていきました。さらに改善のための案が生まれ、ますますよくなるプラスのスパイラルが起こっていったのです。
プライドを捨てた人が得た、新たなプライド
やる気のある人たちの働きぶりは、サービスにも表れてお客さんにも伝わるようになりました。 「新幹線を掃除する人たちの動きがキビキビしていてカッコいい」 「その無駄のない動き、見ていて気持ちいい」 そのような声が、たくさん上がるようになったのです。TESSEIに対する世間の注目は、ますます高まっていきました。
新幹線清掃の様子を、メディアも多々取り上げるようになったのです。矢部氏はそれらの取材依頼を次々に受けることで、働く人たちに「自分たちは見られている、注目されている」と感じてもらうようにしました。 その「見られている意識」が、ますますやる気につながり、掃除の質も上がっていったのです。 ある年配の女性社員は、新幹線清掃の仕事を始めるとき「プライドを捨てた」といいます。家族にも、そんな恥ずかしい仕事をしている姿を見られたくないという意識があったそうです。
TESSEIが世間からも注目されるようになったとき、家族から言われたそうです。 「おばあちゃんの働いているところ、すごくカッコよかった」 かつて「プライドを捨てた」と言ったその女性は、新幹線清掃の仕事を通じて「新たなプライドを得たんです」と口にしました。
それ、本当に「自社ではできない」ですか?
その理由は「TESSEIみたいに小さな組織じゃなくて、うちはもっと大きいから」といったものです。
矢部氏はそのような感想を言う人に対して「何を言っているんですか?」と諭します。 「確かに組織は大きいかもしれないけれど、その組織は何でできているんですか?人でしょ?大きな組織といっても、1人ひとりが集まったものなんですから、1人ひとりへの接し方を変えれば、変わっていきますよ。千里の道も一歩からです」 読者の皆様は、TESSEIの、矢部氏のエピソードをお読みになって、何を感じられたでしょうか。「わが社でもやってみよう」か、はたまた「うちの会社では無理」か。
社員から意見やアイディアが寄せられて、経営者にしてみれば考えなくてもダメとわかるものを、フィードバックもしなかったり「こんなものダメに決まっている」と一蹴したりしていないでしょうか? 人が意見を言うのは、聞いてくれる相手に対してだけです。きちんと向き合い、ダメなものでもその理由を伝えて納得してもらう。そのようなアクションは、どんな組織、会社でもできることですから、今日からでもまずはそこから始めてみてはいかがでしょうか。
参考書籍 「奇跡の職場 新幹線清掃チームの働く誇り」