創業127年・6代目社長が語る事業承継のリアル|老舗リフォーム会社が右肩上がりで成長を続ける秘訣
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2026.09.30
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- 事業承継を控えた経営者の方、あるいは次期後継者として準備を進めている方にとって、最も気になるのは「実際にうまくいった会社は何をしたのか」ではないでしょうか。 先代との意見の衝突、株式の移転、社員との関係構築——。教科書的なノウハウだけでは語りきれない、生々しい現実がそこにはあります。 本記事では、千葉県成田市に本社を置く創業127年の株式会社ハウジング重兵衛の6代目代表取締役・菅谷重貴氏が語った事業承継の実体験をもとに、円滑な承継を実現するためのポイントを解説します。
解説:株式会社ハウジング重兵衛 菅谷重貴社長
INDEX
動画版はこちら(船井online)
※下記の記事は動画の内容をもとにAIを用いて作成し、編集部で確認・加筆しました
ハウジング重兵衛とは?127年続く建築会社の歩み
ハウジング重兵衛は、初代・菅谷重兵衛が大工として創業した会社です。現在はホールディングスを中心に4社体制で経営しており、グループ全体の社員数は160名にのぼります。
主力事業は水回りリフォームの専門店であるハウジング重兵衛。加えて、外壁塗装・エクステリアを手がける「ジェイク」、自社職人を抱える「建士」、さらには就労支援B型事業所の運営まで、幅広い事業を展開しています。
その歴史は決して順風満帆ではありませんでした。2代目は25歳で病気により他界。3代目はその葬儀の日に生まれ、7歳から初代のもとで職人として育てられました。4代目の時代にはバブル崩壊後に赤字が続き、5代目である現会長が、大工職人・営業・現場監督を一人で兼務しながら会社を立て直していったのです。
その5代目が2000年頃、船井総研のコラムをきっかけにリフォーム業界へ進出。ここから会社は右肩上がりの成長軌道に乗り始めます。
6代目が実家に戻るまで——6年間の「修行」が承継の土台に
菅谷氏は大学まで野球に打ち込み、プロを断念した後に父の会社で働くことを決意しました。しかし、父である5代目の返答は
「今戻ってきたら困る!」というものでした。
自身が専門学校卒業後すぐに家業に入った経験から、「他の釜の飯を食ってきた方がよかった」という思いがあったのです。
菅谷氏はまず東京の新築住宅会社・リバティホームで3年間修行し、その後三井のリハウスで不動産業務を3年間学びました。
計6年間の他社経験を経て、2011年2月に入社。帰社後は1年間、大工の現場作業に従事しました。
入社のわずか1か月後に東日本大震災が発生。大工仕事どころではなくなり、既存顧客の家を一軒一軒回る営業兼職人のような役割を担うことになります。
この他社経験と現場経験の積み重ねが、後の事業承継の確固たる土台となりました。
先代との衝突と転機——「変えられるのは自分と未来だけ」
入社から約1年後、菅谷氏は事前の相談なく突然「常務」に指名されます。
「もう、そういうつもりで帰ってきた」と本人は語りますが、そこからの2〜3年間は先代との激しい衝突の時期でした。
当時の会社は夜9時、10時まで働くのが当たり前の状態。大企業での経験を持つ菅谷氏は「もっと変えなくてはいけない」という強い思いを抱えていましたが、その伝え方が先代との摩擦を生む最大の原因となっていたのです。
転機となったのは、ホワイト企業大賞を受賞したトヨタ南国(高知県)への視察でした。「いい会社にしたい」という漠然とした理想が具現化された企業を目の当たりにし、先代と一緒に「こんな会社にしたい」という共通のビジョンを持てるようになったのです。
さらに、トヨタ南国の横田秀樹氏から受けた言葉が菅谷氏を大きく変えました。
「お前は素直だ。だけど謙虚と感謝が全然足りない。変えられないものは他人と過去。変えられるものは自分と未来だけだ。最も変えられないのが親父だと思え」
この言葉をきっかけに、菅谷氏は父を「親父」ではなく「社長」と呼ぶようになり、自らの伝え方や進め方を変えていきました。
4年かけた計画的な事業承継——株式移転と承継チームの編成
関係が改善し業績も好転する中、菅谷氏は自ら先代に「いつ頃譲ろうと思っているのか」と切り出しました。
先代の答えは
「120周年の時だろう」そこから具体的な日付まで決め、4年間かけて計画的に承継を進めていきます。
承継チームには以下のメンバーが参加しました。
- 先代社長(現会長)
- 菅谷氏本人
- 船井総研の月次支援コンサルタント
- 事業承継専門のコンサルタント
- 税理士
株式の移転については、暦年贈与の非課税枠(110万円)を活用して段階的に株式を移転。最終的には退職金を支払うことで株価を圧縮し、残りの株式を贈与するスキームを採用しました。
銀行への説明も事前に行い、税負担を最小限に抑える形で承継を完了させています。この「3〜4年の準備期間」と「専門家を交えたチーム体制」が、円滑な承継を可能にした大きな要因です。
承継後の先代の関わり方——「任せっぷり」が成長を加速させる
2019年、創業120周年のタイミングで正式に社長交代が実現しました。
注目すべきは、会長となった先代の関わり方です。承継後の1年間で顔を合わせたのはわずか3回程度。行事への参加や挨拶を求められた際に顔を出す程度で、経営には一切口を出さないスタンスを貫いています。
菅谷氏は
「あらゆる社長さんから『お父さんの任せっぷりはすごい』と褒められる」と語ります。ただし、大きな不動産の購入など重要な意思決定の際には相談することもあるといいます。その場合も、先代はほとんど背中を押す形で応じてくれるそうです。
一方で、菅谷氏が船井総研のコンサルタントから教わり今も続けているのが、毎週月曜朝7時の電話です。先週の出来事を報告し、今週の予定を共有する。事業承継から6年が経った今もこの習慣を徹底しています。
「干渉しない」けれど「つながりは切らない」。この絶妙な距離感が、承継後の安定経営を支えています。
理念の書き換えと使命の策定——先代の想いを「表現を変えて」継承する
菅谷氏は2015年、会社の理念を「一志団結」に書き換えました。
先代が作った旧理念「匠の技で善意のお客様と生涯のお付き合いとなるような本物のサービスを提供する」に対し、社員の間で拡大解釈が生まれていたことがきっかけです。
しかし菅谷氏が意識したのは、理念の「中身」を根本から変えることではなく、「表現」を時代に合わせて変えることでした。
新理念を発表した際、先代の右腕だった幹部社員が
「前の理念と何も変わらないじゃないですか!」と言ってくれた瞬間が、最も嬉しかった出来事だったと振り返ります。
事業承継を成功させるために大切なこと
菅谷氏が語る事業承継のポイントは、シンプルながら本質的です。
「親父に安心してもらう。親父にしっかりと喜んでもらうことが大事」
継ぐ・継がないという表面的な議論よりも先に、先代が安心して任せられる状態を作ること。結果を出し続けること。そして、コミュニケーションを絶やさないことが何よりも重要です。
現在、ハウジング重兵衛グループは売上50億円に到達する見込みであり、2030年にはグループ全体で100億円、さらにその先には300億円という目標を掲げています。
この成長の原動力は、先代の想いを受け継ぎながらも時代に合わせて進化し続ける、6代目の覚悟と行動力にほかなりません。
まとめ:事業承継は「準備」と「関係性」で決まる
ハウジング重兵衛の事例から見えてくるのは、事業承継の成否を分けるのは制度やスキームだけではなく、先代と後継者の「関係性の質」であるということです。
- 他社での修行による実力の蓄積
- 先代との衝突を経た相互理解
- 専門家チームによる計画的な株式移転
- 承継後の適切な距離感とコミュニケーション
これらが一体となって、127年の歴史をさらに未来へとつなげています。
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