2026年W杯から読み解く「勝者のビジネス戦略」〜アメリカ・FIFA・オイルマネーの思惑〜
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2026.06.10
いよいよ始まるFIFAワールドカップ。今回は、長年にわたり日本代表や欧州サッカーを取材し、雑誌『Number』などにも寄稿するスポーツライターの木崎伸也さんにインタビュー。木崎さんの著書『サッカーと地政学』の内容を踏まえ、3か国開催に隠されたアメリカの戦略から、FIFAのチケットの価格設定、オイルマネーの思惑まで、ビジネスの視点から今大会の裏側を読み解きます。
INDEX
執筆者:平田 賢司(株式会社船井総合研究所)
「3カ国共催」の裏に隠されたアメリカの戦略
2026年のFIFAワールドカップは、史上初となるアメリカ・カナダ・メキシコの3カ国共催で開催される。しかし、この「共催」という美しい言葉の裏には、計算されたアメリカのビジネス戦略が隠されている。
スポーツライターの木崎伸也さんは、次のように指摘する。
「実質、今回の試合も80パーセントぐらいはアメリカでやるんですよ。ほぼアメリカの大会なのですが、そこにメキシコとカナダでの試合を少しだけ組み込んで『共催』のイメージを作っているんです」
日韓ワールドカップが文字通り半分ずつのリソースを出し合った共同事業だったのに対し、今大会は「『共催』という大義名分で周囲の反発を抑え込みつつ、実利の8割はアメリカで独占する」という構造になっている。
※生成AIで作成
なぜ、アメリカはこのような「歪な共催」という形を選んだのだろうか。そこには、過去の手痛い敗戦と、FIFAの「ルール変更」に対するしたたかな適応戦略があった。
もともとアメリカは、2022年大会の「単独開催」を計画していた。スタジアムなどのインフラの充実度、そして巨大なスポーツビジネスの潜在能力が高く評価され、当時は「当選濃厚」とまで言われていたのである。ところが2010年12月、最終投票でまさかのカタールに惜敗。この背景には、莫大な資金力による賄賂問題だけでなく、国際的な「反米感情」が招致の足を引っ張ったと分析されている。
その後、大きなルール変更が行われた。それまで一部の「FIFA理事のみ」で行われていた開催地投票が、2026年大会からは「すべての加盟国(約200カ国)」が投票権を持つ制度へと変わったのだ。
木崎さんは、この変革によってワールドカップの招致レースは「『買収型』から、より多くの国を味方につける『外交型』に変わった」と分析する。
単独開催を突き通せば、再び「アメリカ一強」への嫉妬や反米感情から、多くの票を失うリスクがある——。そう踏んだアメリカは、すぐさま戦略を切り替えた。メキシコやカナダという隣国を巻き込んだ方が、「北米全体の発展」という大義名分が立ち、発展途上国も含めたより多くの国からシンパシー(共感と支持)を得られると読んだのである。
48カ国拡大の裏にあるFIFAの思惑
2026年大会から、ワールドカップの出場枠は従来の32カ国から「48カ国」へと大幅に拡大された。試合数も増え、一見より多くの国にチャンスが広がった改革のように映る。
しかし、実はその裏にはFIFA(国際サッカー連盟)のビジネス戦略と、内部政治が絡み合った緻密な思惑が隠されていた。
まず、ビジネスの観点におけるFIFAの狙いは明快だ。ヨーロッパのサッカービジネスがすでに成熟し、ある程度「刈り取ってしまった」状態にある中で、次なる最大の収益源として最有力視されているのがアメリカ大陸なのである。
木崎伸也さんは次のように語る。
「やはりアメリカは購買力も強いですし、スポーツにお金を払う文化があるんで、そこをみんなヨーロッパの人たちは狙ってるんですね」
実際、毎回のワールドカップで最もお金を使うのはアメリカのサポーターだという調査結果もある。チケット代はもちろん、飲食・宿泊・交通費も含めたトータルの消費額(顧客単価)において、他国を圧倒している。
FIFAにとってワールドカップは、4年間分のグループ総収益を1大会で稼ぎ出すビジネスモデルの根幹である。前回のカタール大会の収益が約40億ドルだったのに対し、このアメリカ戦略がハマった今大会は約110億ドル(2兆円近い収益)に達する見込みだ。
「そこが最後のフロンティアというか、アメリカを狙ってる」という木崎さんの言葉が、この数字の説得力を裏付けている。
しかし、この「収益3倍」という巨大な野望を達成するためには、大会規模そのものを拡大する「大義名分」が必要だった。それが、今大会から実施された「48カ国拡大」である。一見、拡大によるスポーツの普及という純粋な理想に映るこの決断だが、本質はFIFAの「内部政治」にある。
現在のFIFAは、約200の全加盟国が1票ずつ持つ民主的な投票によって会長が選ばれる。現職のジャンニ・インファンティーノ会長にとって、これまでワールドカップに出場できなかった多くの中小国・発展途上国に向けて「参加枠を増やす」という公約を掲げることは、権力を維持するための極めて有効な選挙戦略だったのだ。
木崎さんはその裏側をこう明かす。
「そうやってワールドカップに出たことない人たち、なかなか出れない国の人たちにとっては非常にいい公約なんですね。それを掲げて、見事に実行したということです」
つまり、インファンティーノ会長は「出場枠の拡大」という最大のインセンティブ(ベネフィット)をばらまくことで、票田となる中小国の支持を確固たるものにしたのである。
そして、この「48カ国規模」という肥大化したマンモス大会を、破綻させずに運営できるインフラとホスト力(スタジアム数や資金力)を持った国は、世界中でアメリカをおいて他にない。アメリカという巨大な開催地が先に内定していたからこそ、この大胆な政治的改革の目処が立ったのだ。
試合時間から読み解く「ビジネスの祭典」
ワールドカップが純粋なスポーツの大会ではなく、徹底された「ビジネスの祭典」であることを最も端的に示しているのが、試合のキックオフ時間の設定だ。
2026年大会の決勝戦は、ニューヨーク時間の午後3時に設定されている。これは、現地アメリカの気候や、スタジアムに足を運ぶ観客の利便性を最優先した結果ではない。大西洋を挟んだ「ヨーロッパのゴールデンタイム(夜20時〜21時頃)」にジャストフィットさせたものだ。現地の選手や観客の快適さよりも、放映権料を最も高く支払うヨーロッパの視聴者が最優先されるのである。
「昔からそうでして。なんだかんだ、1番やっぱりメイン(の顧客)はヨーロッパなんですよ」と木崎さんは語る。
過去の大会を振り返っても、この冷徹な商業論理は一貫している。例えば、2006年ドイツ大会の日本対クロアチア戦が、日本のファンにとって見やすい昼の時間帯にキックオフされたのも、逆に2014年ブラジル大会の日本戦が、現地時間の「夜10時」という異例の遅い時間に組まれたのも、すべて理由は同じだ。放映権料を高額で購入した日本のテレビ局と、その先の視聴者(マーケット)に最適化した結果に過ぎない。
すべては、FIFAが「最も高い放映権を買ってもらったVIP(大口顧客)に、最も満足してもらう」という、極めてシンプルな経済論理だけで動いている証拠といえる。
FIFAのチケット戦略の「えげつなさ」

※生成AIで作成
ほかにも経営的な観点から今大会で注目すべきは、徹底して「顧客心理」をコントロールするチケット販売の手法だ。FIFAは販売時期を段階的にずらし、毎回「限定販売」として抽選形式で売り出すことで、ファンの購買意欲と飢餓感を常に高い水準に保っている。
「普通だったら全部いっぺんに売り出してもいいような気もするじゃないですか。そうじゃなくて段階的に売っているんで、ファンが『手に入れられないんじゃないか』という不安を、今回は特に強く感じますね」と木崎さんは指摘する。
さらに、この段階的な販売の裏では「ダイナミック・プライシング(需給に応じた価格変動)」が機能している。需要が高い試合ほど、次の販売ラウンドでは価格が自動的に跳ね上がる仕組みだ。ここにあるのは、「満員にする(完売率)」ことではなく、「限界まで顧客単価を引き上げ、売上(粗利)を最大化する」という思想である。
これに加えて、今大会ではセカンダリーマーケット(公式転売市場)の存在も巧妙に組み込まれているという。定価で購入されたチケットが転売市場でさらに高値で取引される構造自体が、大会全体のプレミアム感(高値感)を市場に刷り込む役割を果たしているのだ。
一方で、FIFAは「金儲け主義」という国際的な批判をかわすための“盾”も忘れていない。各国サッカー協会を通じて、1枚1万円前後の廉価チケットを「カテゴリー4」として用意している(ただし自国代表の試合に限定)。
「安いチケットを用意してポーズを取る一方で、現実的にやっているのは限定発売の繰り返しとダイナミック・プライシングである」という、この「大義名分(安さ)と実利(高単価)」の二重構造こそが、今大会のチケット戦略の本質だ。
日本のプロ野球やJリーグでもダイナミック・プライシングは普及しているが、今回のワールドカップは、その先を行くビジネスの最先端といえる。日本のスポーツ界が「適正価格の模索」にとどまるのに対し、FIFAは「限定販売」で意図的に飢餓感を煽り、ファンの欲望に合わせて価格を限界まで釣り上げる。さらに公式転売市場までシステムに組み込み、全体のプレミアム価値をコントロールする。単に満席を目指すのではなく、顧客心理を支配して売上を最大化する。この冷徹な仕組みこそが、最先端の価格戦略なのかもしれない。
オイルマネーが仕掛けるサッカービジネスの覇権交代
今後のサッカービジネス、そして地政学を占う上で、サウジアラビアの動向は外せないと木崎さんは指摘する。
サウジアラビアにとってワールドカップ開催は、石油依存からの脱却を目指す国家戦略「サウジビジョン2030」の集大成。現在、世界で最もスポーツを政治利用している国といえる。
彼らは公的資金(PIF)を投じて国内リーグにスター選手を爆買いし、ゴルフ界でも米国主導のPGAに対抗する「LIVゴルフ」を立ち上げた(ただし今年4月末、サウジアラビアがLIVゴルフへの支援を打ち切るというニュースが報じられている)。つまり「金で時間を買い」、自国のブランド価値を一気に引き上げる戦略だ。
しかし、この猛烈な投資の裏には、欧米メディアが「スポーツウォッシング」と非難する、国家イメージの洗浄(浄化)という思惑があるのではないか、と木崎さんは言う。人権問題やジャーナリスト殺害事件への政府関与疑惑といった負のイメージを、熱狂的な「スポーツの力」によって世界の人々の記憶から洗い流そうという戦略だ。
欧米からの批判を浴びながらも、彼らの足取りは止まらない。2024年4月には、世界最大の国営石油会社「サウジアラムコ」がFIFAと最高位のパートナー契約を締結。ワールドカップの公式スポンサーの座に就いた。オイルマネーは、ついにFIFAをも動かす絶対的な権力を握ったのだ。
現状、インフラの課題などから欧州リーグを追い抜くには至っていない。しかし、彼らはすでに「大物の大金雇用」から「20代前半の若手を獲得・育成する」という、持続可能なエコシステムへと戦略を賢くシフトさせている。
サウジアラビアはすでに、2034年ワールドカップの単独開催に向けて独走状態にある。豊富な資金力を背景に、世界のサッカービジネスの覇権を欧州から強奪していく。そのシナリオは、もはや現実のものとなりつつある。
ワールドカップにはビジネスのヒントがちりばめられている
2026年ワールドカップは、サッカーの大会である以前に、現代の国際政治や経済の動きがすべて詰まった舞台だ。
- 「批判を分散させつつ実利を握るアライアンス」
- 「最大顧客を最優先するターゲティング」
- 「飢餓感を煽りマネタイズを最大化する価格戦略」
これらはすべて、ビジネスに活かせる「勝者のセオリー」。ピッチの上の勝敗だけでなく、その裏にある「戦略の構造」に注目してみる。そんな視点を持って観戦するだけでも、今回のワールドカップは、ビジネスのヒントをたくさん与えてくれそうだ。
☞次回6月17日「森保監督と対戦国から読み解く組織生存戦略」を公開!
【今回取材させていただいた方】
木崎 伸也 さん
2002年日韓W杯後にスポーツ紙の通信員としてオランダへ移住。2003年から拠点をドイツに移し、日本代表FWの高原直泰の担当としてブンデスリーガを取材。2006年ドイツW杯では、現地在住のスポーツライターとして記事を配信した。2009年2月に本帰国し、現在は『Number』『BRODY』『footballista』などに寄稿しているほか、著書も多数出版している。
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