人件費高騰に立ち向かうための「ELTV」という視点
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2026.10.28
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- 最低賃金1,500円時代、迫り来る人件費高騰にどう立ち向かうべきか。過去に開催されたセミナー『ELTV(従業員生涯価値)の向上で実現する 中小物流会社版人的資本経営』の内容をベースに、中小企業が押さえるべき「人的資本経営」の考え方と、その重要な指標となる「ELTV」の基本構造をわかりやすく解説します。
著者:社長online編集部 平田賢司
INDEX
「最低賃金1,500円」は経営にどれほどインパクトがあるのか
政府は現在、最低賃金を「2030年代前半に1,500円」へ引き上げる方針を打ち出しています。仮に最速の2031年に到達すると想定した場合、今後数年間にわたり、毎年「約5.0%」というハイペースで賃上げが続く計算になります。これが自社の利益にどれほどのインパクトを与えるでしょうか。
たとえば、人件費比率が40%の企業において年5%の賃上げが起きた場合、単純計算で営業利益率を毎年「2.0ポイント」押し下げる要因になります。人件費比率20%の企業であっても、毎年1.0ポイントのマイナスです。
営業利益率が3~5%前後という多くの中小企業にとって、毎年1~2ポイントの利益が失われる事態は、まさに死活問題といえるでしょう。
「あっという間に利益が半減する」
あるいは
「数年で赤字が見えてくる」
という状況です。
波及するのは、既存のコスト増だけではありません。世の中の給与水準が底上げされるなか、自社だけ待遇を据え置けば、採用競争で苦戦を強いられることになります。
人件費の高騰は、今後全業種が直面する「避けられない現実」といえるでしょう。
「コストの節約」から「投資からの回収」へ発想を転換する
人件費の上昇が避けられない以上、人件費を「単なるコスト」ととらえて抑え込もうとする経営には限界があります。給与を抑えれば人材離れを招き、かといって何の対策も打たずに給与だけを引き上げれば、利益が圧迫されてしまうためです。
この状況において重要になるのが、「人件費をいかに安く抑えるか」という発想から、「人材への投資からいかに大きなリターン(成果)を生むか」という発想への転換です。
人材を削減すべき「コスト(資源)」ではなく、利益を生み出すための「資本(投資対象)」としてとらえ直す必要があります。そして、教育や環境整備といった投資を通じて1人あたりの労働生産性を高め、投資以上の成果を回収していくことが求められます。
こうした経営のアプローチは、経済産業省なども「人的資本経営」として推進しており、近年多くの企業で重要視されています。従来の経営と「人的資本経営」では、人材に対する見方や経営の焦点が大きく異なります。

※経済産業省『人的資本経営の推進に関する検討会 報告書』をもとに作成
人件費の上昇を受け入れて賃上げを行う以上、それ以上の労働生産性(1人あたりの付加価値)を引き出し、投資したコストを回収していく仕組みづくりが欠かせません。「コスト削減」という守りの視点から、「人材投資からのリターン最大化」という視点への切り替えが、人件費高騰の時代を乗り越える一つの鍵になると考えられます。
▼ 記事の後半では、こちらについて紹介しています。
☑ 「ELTV」は投資のリターンを測るモノサシ
☑ ELTVを高めるための取り組み例
☑ 未来から逆算して経営計画を立てる際に大切な考え方
人材投資のリターンを測るモノサシ「ELTV」とは

人材を「資本」ととらえ、投資に対する成果(リターン)を可視化する指標として、近年注目を集めているのが「ELTV(Employee Lifetime Value=従業員生涯価値)」という考え方です。
マーケティング分野で用いられる「LTV(顧客生涯価値)」の概念を人事に応用したもので、「1人の従業員が入社してから退職するまでに、会社に対してどれだけの成果や価値をもたらしたか」を数値化するフレームワークを指します。
国が推進する「人的資本経営」においても、人材への投資、定着率、生産性の向上が求められていますが、それらを統合して実務的にとらえるモノサシとして、このELTVを活用する企業が増えています。
言葉自体は難しく聞こえますが、その構造は至ってシンプルです。ELTVは、以下の3つの要素の掛け算(因数分解)で整理できます。
【ELTV(従業員生涯価値)の要素】
- 生産性(育成・効率化): 早期育成や業務の効率化、提供価値の向上により、1人あたりが生み出す成果を高める。
- 在籍年数(定着率): 職場環境の整備やエンゲージメントの向上により離職を防ぎ、貢献してくれる期間を延ばす。
- 社員数(採用力): 魅力的な組織づくりにより、自社に必要な人材を確実に確保・拡大する。
これまでの「人件費を抑える」という発想では、どうしても単価(コスト)の引き下げに目が行きがちでした。
しかし、人件費の上昇が避けて通れない時代においては、この「生産性 × 在籍年数 × 社員数」の全体量をいかに大きくしていくかという視点が、人的資本経営におけるリターンを最大化する鍵になると考えられます。
ELTVを高めるための現場の取り組み例
ELTV(従業員生涯価値)とは、いわば「1人の社員が会社にもたらす価値の総量(山の面積)」です。この面積を広げるためには、「生産性」「在籍年数」「社員数」のどこにアプローチして山を大きくしていくかを検討する必要があります。

- 生産性の向上(1人あたり成果の最大化): 業務マニュアルの整備による早期戦力化や、デジタルツール(DX)活用による作業の自動化、課題解決型サービスへの移行による取引単価のアップ。
- 定着率の向上(在籍年数の延伸): 柔軟な勤務スタイルや明確な評価制度の導入によるエンゲージメント強化、社内コミュニケーションの活性化。
- 採用力の向上(社員数の確保): オウンドメディアやSNSを活用した自社の魅力発信、多様な人材(シニア・女性等)の受け入れ体制づくり。
自社のボトルネック(離職率の高さ、あるいは1人あたり粗利の低さなど)に応じてこうした施策を選択・組み合わせることが、ELTV向上への第一歩となります。
経営計画は「目標年収」から逆算する

ELTV(従業員生涯価値)という概念を実際の経営に落とし込む際、選択肢の一つとなるのが「経営計画の立て方(発想の順番)を変える」という考え方です。
従来の経営計画では、過去の業績や売上目標を起点とし、そこから許容できる人件費枠(労働分配率)を割り当てる手法が一般的でした。しかし、この順序のままでは、迫り来る賃上げ圧力に対して常に後手に回り、利益を削られやすくなってしまう懸念があります。
そこで、「目標とする1人あたり人件費(平均年収)から逆算して売上・利益計画を策定する」というアプローチを取り入れ、成果につなげている企業も出てきています。
- 目標年収(還元する人件費)を先に決める: 5年後に自社が提示したい平均年収や労働分配率の目標を、経営計画の起点として設定する。
- 必要なELTV(生産性)を割り出す: その年収を維持・還元するために、1人あたり年間どれだけの粗利(付加価値)を生み出す必要があるかを算出する。
- 事業計画や構造改革へ落とし込む: 算出した生産性を達成するために、どのような高単価化、DX投資、あるいは現場の業務改善が必要かをバックキャストで設計する。
人件費の上昇に対して受け身で対応するのではなく、「社員に提示したい給与から逆算して、必要な売上・利益と生産性を設計する」――こうした経営計画のシフトを試みることが、最低賃金1,500円時代においてELTVの考え方を活かすひとつのアプローチといえるのかもしれません。
人材への投資を、次の成長へつなげるために
最低賃金1,500円時代を見据える中で、人件費に対する考え方のシフトは避けて通れないテーマとなりつつあります。
人件費の上昇を単なるコスト負担として終わらせず、自社の状況に合わせた形で人的資本経営やELTVの視点をどう取り入れていくか。これからの時代における持続的な企業経営に向け、一つの視点として参考になれば幸いです。
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