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社員を「休ませる」前に、知っておくべきこと――メンタル不調対応の混乱が、健康な社員の負担を増やす

2026.05.09
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社員を「休ませる」前に、知っておくべきこと――メンタル不調対応の混乱が、健康な社員の負担を増やす

労働問題の解決が専門の弁護士による「あなたの会社の労働問題に解決策を説く」4回にわたる連載です。2回目のテーマは「誰かが休むと、健康な誰かにしわ寄せがいく」という話です。

INDEX

「休まず働いてくれている人のための制度」はない


画像提供:PIXTA

ある日、社員が診断書を持って経営者のところにやってきました。「うつ病のため、しばらく休養が必要」と書いてあります。経営者は動揺します。どう対応すればいいのか。このまま働かせて悪化したら責任を問われるのか。解雇したら問題になるのか。労災とか主張してこないか。この瞬間、多くの経営者の思考が止まります。そして「とりあえず休職させる」という対応を取ります。しかしここに、最初の落とし穴があります。

うつ病などのメンタル不調は、外から見えにくいものです。本人がどれほど苦しんでいるのかが、なかなか伝わりにくい。だからこそ経営者は「守らなければいけない」という意識を強く持ちます。それ自体は正しい姿勢です。しかしその意識が強くなりすぎると、視野が一点に集中してしまいます。本人のケア、産業医との連絡、職場環境の見直し。経営者のエネルギーと時間が、休んでいる社員1人に向かっていきます。

そのとき、別の問題が静かに始まっています。休んだ社員の仕事を、誰かが引き受けています。その誰かのことを、経営者は見ているでしょうか。うつ病で休んでいる社員には制度があります。傷病手当、休職規定、産業医面談。守るべき手続きが明確にあるため、経営者の意識もそこに集中します。

しかし穴を埋めている社員には、制度がありません。頑張っているのが当たり前として扱われます。感謝はされても、それが評価や報酬に結びつくことはほとんどありません。この非対称性が、後になって経営者を苦しめることになります。

ただ、その非対称性の問題に取り組む前に、まず整理しておかなければならないことがあります。診断書を持ってきた社員を、いきなり「休職」と扱う経営者が非常に多くいますが、これは正確ではありません。

診断書の提出は、欠勤の始まりです。風邪を引いて休む場合と、法的には同じ扱いです。風邪で数日休んだ社員に対して「休職中です」とは言いません。それと同じことです。うつ病だからといって、診断書が出た瞬間に休職が始まるわけではありません。

「休職」と「欠勤」の違いを説明できますか?

では、休職とは何か。休職とは、一般的に会社が休職命令を出すことで初めて始まるものです。そしてここが重要な点ですが、休職制度は法律で定められた制度ではありません。会社が社員のために設けた解雇猶予制度とも言われます。

本来の理屈を整理すると、こうなります。労働者が私傷病によって働けなくなれば、労働契約に基づく労働力を提供できないため、契約解除、つまり解雇となるのが本来の形です。

しかしいきなり解雇とするのは労働者にとって酷です。そのため、会社が恩恵的に猶予期間を設けているのが休職制度です。解雇の前さばきとして機能する制度と理解しておく必要があります。

この理解に立てば、就業規則に「休職期間満了までに復職できなければ退職とする」と明記しておくことの意味が分かります。休職命令を出し、期間を定め、その期間内に復職できなければ退職という一連のステップを踏むことで、会社も社員も次のステップに進めます。ところが、相談に来る経営者の中には、このステップを全く理解していない方が少なくありません。

実際にあったケースをご紹介します。社員がうつ病の診断書を持ってきて、そのまま休み始めました。経営者は「休職中だ」と思っていました。しかし実態は単なる欠勤でした。会社は休職命令を一度も出していなかったのです。

就業規則には「休職期間満了までに復職できなければ退職」と書いてありました。しかし休職命令が出ていないため、休職期間はスタートしていません。いつ退職になるのかも判断できない。そのまま何ヶ月も経過していました。

この状態で「そろそろ退職扱いにしたい」と相談に来られました。しかし休職期間がスタートしていない以上、退職処理はできません。改めて休職命令を出し、期間満了まで待たなければならない状況でした。経営者にとっては「もっと早く知っていれば」という話です。しかし知らなかったでは済まされないのが、労働事件の現実です。

休職命令を発令する際には、必ず弁護士や社労士に「この制度運用で問題ないか」を確認することをお勧めします。また本人に対しても、休職制度の意味、休職期間の長さ、復職できなかった場合にどうなるかを、きちんと説明することが誠実な対応です。

制度を正しく運用することは、会社を守ることであると同時に、社員を正しく処遇することでもあります。曖昧なまま進めることが、双方にとって最も不幸な結果を生みます。

休んでいる人のしわ寄せは誰に?

制度の話をした上で、次は現場の話をします。

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▼ この記事の後半では、以下の実践的なノウハウを公開しています

☑ 【事例】40代エース社員が燃え尽きて辞めてしまう「職場のしわ寄せ」の残酷な構造
☑ 【実践】「ありがとう」で終わらせない、残された社員の離職を防ぐ具体的な業務仕分けと評価手法
☑ 【法務】経営者が身を守るために絶対不可欠な「対応の記録」の残し方

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休職者が出た職場では、必ず誰かが穴を埋めています。その社員の本音は、どういうものでしょうか。「なぜ自分ばかりが他人の仕事まで引き受けなければならないのか」。これが、支えている側の正直な感情です。しかしこの感情を口にした瞬間、「悪いことを言っている」ような空気になります。「病気で休んでいる人のことを、そんなふうに思うのか」という目で見られることへの恐怖が、口を閉じさせます。

道徳的な同調圧力が、不満の上に蓋をします。「お互い様だから」という言葉が職場に漂い始めると、支えている側は自分の感情を抑え込むしかありません。しかし抑え込んだ感情は消えません。必ず、別の形で現れます。そしてその感情が長期にわたって蓄積されるとき、最もダメージが大きい形で噴き出すことがあります。

実際にあったケースです。ある中小企業で、40代の課長が突然辞表を出してきました。経営者にとって、これからの会社を担うことを期待していた人材でした。理由を聞くと、キャリアアップという言葉も出てきましたが、本音は別のところにありました。休職者のフォローアップも含めて、やることが多すぎて疲れ果てた。それが実態でした。

経営者は慌てました。なんとか引き止めようとしました。しかし本人の意思は変わりませんでした。

この話には、もう1つ重要な背景があります。現在の中小企業では、40代という最も戦力となる世代の層が薄くなっています。この世代は就職氷河期にあたります。企業が採用を大幅に絞り込んだ時代に社会に出た世代であるため、そもそも人数が少ない。そのことが今になって、中小企業の管理職不足という形で経営を直撃しています。

40代の課長や主任は、会社の中核を担う存在です。若手を育て、現場を回し、経営者と現場をつなぐ役割を果たしています。その人材が、休職者の穴を埋め続けた末に燃え尽きて去っていく。

補充しようにも、同じ世代の人材は市場にも少ない。この損失は、単純な人手不足とは次元が違います。会社の将来を支えるはずだった人間が、静かにいなくなるのです。経営者に悪意はありませんでした。しかし善意だけでは、この現実を止めることはできませんでした。

穴を埋めていた社員が辞めていくと、さらに人手不足が加速します。残った社員の負担がまた増える。また誰かが限界を迎える。この負の循環に一度入ると、抜け出すことが非常に難しくなります。休職者を守ろうとした経営者の善意が、皮肉なことに会社全体を壊す引き金になってしまうのです。

法的な観点からも、この問題は他人事ではありません。労働契約法第5条は、使用者に対して労働者が安全に働けるよう配慮する義務を定めています。この義務の対象は、休職者だけではありません。過重な負担を負っている社員に対しても、同じように及びます。

「本人が頑張ると言ったから」「残業は自分からやっていたから」という主張は、免責の理由になりません。会社が労働時間の実態を把握し、負担を軽減する措置を取ったかどうかが問われます。善意の対応も、記録がなければ法的には存在しないに等しいのです。

最悪なのは「ありがとう」

では、経営者は何をすべきでしょうか。

まず制度の手当てから始めます。今すぐ就業規則を確認してください。休職に関する規定が明記されているか。休職命令の手続きが整っているか。休職期間の長さと、期間満了後の扱いが明確になっているか。これらが曖昧なまま運用されていれば、退職処理すらできない状態に陥ります。不明な点は、必ず弁護士や社労士に確認することをお勧めします。制度の確認は、有事が起きてからでは遅いのです。

次に、人への手当てです。制度を整えるだけでは不十分です。穴を埋めている社員への対応が、同じくらい重要です。

最初にすべきことは、ヒアリングです。現在、誰がどの程度の負担を引き受けているかを把握します。長時間労働が発生していないか。本来の業務にプラスして、どれだけの業務を引き取っているか。この実態を具体的な事実として把握することが出発点です。「なんとなく大変そうだ」という感覚ではなく、数字として把握することが大切です。

次に、業務の棚卸しをします。休職者の業務をそのまま周囲に分配するのではなく、まず仕分けをします。今すぐ止めていい業務はないか。外注できる業務はないか。優先順位を下げられる業務はないか。負担を「分かち合う」前に、「減らせるものを減らす」という発想が先に来るべきです。

そして評価に反映します。カバーしている社員への対応として、最も避けるべきことは「ありがとう」という言葉だけで終わらせることです。言葉は大切ですが、それだけでは不十分です。評価には、金銭的な裏付けが必要です。

ただし、中小企業において基本給を上げることは簡単ではありません。基本給は固定費です。一度上げれば、業績が下がっても下げることができません。経営の体力が限られている中小企業にとって、固定費の増額は大きなリスクを伴います。

そこでお勧めするのが、賞与での加算です。賞与は業績に応じて調整できるため、固定費を増やさずに金銭的な評価を示すことができます。重要なのは、金額だけではありません。賞与を渡す際に、必ず一言添えることです。

「今回はサポートやフォローも含めて、これだけ負担をかけた。その分をきちんと評価している」という言葉を、本人に直接伝えます。この一言があるかどうかで、受け取る側の感じ方は全く変わります。金額が同じでも、理由を添えられた評価とそうでない評価では、社員の受け取り方に大きな差が生まれます。自分の頑張りが見えていた、それが伝わることが重要なのです。カバー業務を人事評価の項目に組み込むことや、手当として支給することも、実務的な選択肢の1つです。

さらに、情報の共有も重要です。穴を埋めている社員が最も消耗するのは、終わりが見えない状況です。「いつ戻ってくるのか」「いつまで自分が頑張ればいいのか」という問いに、経営者が答えられない状態が続くと、不満はどんどん蓄積します。個人情報への配慮は必要ですが、おおむねいつ頃復職の見込みか、どういう体制で対応していくかという見通しを伝えるだけで、周囲の心理的な負担は大きく変わります。終わりが見えるだけで、人は踏ん張れるものです。

最後に、対応の記録を残します。ヒアリングを行った事実、その内容、会社として取った対応。これを記録しておくことが、後々の法的なリスクを大幅に下げます。「会社は何もしてくれなかった」という主張が出たとき、記録があるかどうかで対応が全く変わります。善意の対応も、記録がなければ法的には存在しないに等しいのです。これは脅しではなく、労働事件の現場で繰り返し目にしてきた現実です。

休職者を守ることと、支えている社員を守ることは、どちらかを選ぶ問題ではありません。両方を同時に見ることが、経営者の役割です。一人に目が向いているとき、別の一人が見えなくなっていないか。その問いを、常に持っておいてほしいと思います。

「ありがとう」は、言わないよりも言ったほうがいい。しかしそれだけで終わらせてはいけません。言葉の先に、実利と仕組みが必要です。その積み重ねが、支えている社員の信頼につながります。そしてその信頼こそが、職場の不機嫌を生まない土台になります。

次回は、「正しい制度が、職場を壊すことがある」という話をします。育児休業、子の看護休暇、時短勤務。こういった制度は、社員の権利として正しく守られるべきものです。しかし一方で、それを支える側の不満が静かに蓄積していることも、また現実です。正しいことと、公平に感じられることの間にある溝を、次回は正面から扱います。

執筆者プロフィール

  • 島田 直行(しまだ なおゆき)
  • 島田法律事務所代表弁護士。山口県弁護士会所属。
  • 山口県下関市出身。京都大学法学部卒業。
  • 「オーナー企業の経営者を全方位から支える」を信条に、経営者の心理的負担に配慮した「社長法務」を提唱。労働問題やカスハラ対応、事業承継など、経営に直結する法的課題に対し、訴訟に頼らず交渉による円満解決を重視するスタイルが特徴。
  • 経営者側の代理人として200件超の労働事件を解決した実績を持ち、他士業との連携にも尽力している。
  • 著書は『社長、クレーマーから「誠意を見せろ」と電話がきています』(プレジデント社)、『社労士のための労働事件 思考の展開図』(日本法令)など多数。