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「腹は立っても矢は放たれない」社長がすべき社員との関係づくり

2026.05.11
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「腹は立っても矢は放たれない」社長がすべき社員との関係づくり

労働問題の解決が専門の弁護士による「あなたの会社の労働問題に解決策を説く」4回にわたる連載の最終回。社長がするべき社員とのつながりについてです。

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「最初から問題社員」はほとんどいない


画像提供:PIXTA

「問題社員がいて、本当に困っています」。相談室でこういう言葉を聞くことは、弁護士として数えきれないほどあります。話を聞くと、確かに問題のある行動をしている社員がいます。指示に従わない。周囲と協調しない。職場の空気を壊す。経営者の言葉には、疲弊と怒りが滲んでいます。

しかしもう少し深く話を聞いていくと、もう1つの事実が見えてくることがあります。その社員は、最初から問題社員だったわけではないということです。入社当初は真面目に働いていた。やる気もあった。しかしある時期から変わっていった。そのきっかけを丁寧に辿っていくと、多くの場合、会社との関係性の中に答えが見えてきます。

評価されない経験が積み重なると、人はやがて「頑張っても無駄だ」と感じます。言っても聞いてもらえないという経験が続くと、「どうせ何を言っても変わらない」という諦めが生まれます。その諦めが、協調性のなさや無気力として表れることがあります。外から見れば「問題社員」ですが、その根っこには会社との関係性の劣化があります。

一方的に社員だけの問題として片付けることは簡単です。しかしその見方は、問題の半分しか見ていません。構造が問題社員を生み出すこともある。原因は経営者にもある。この視点を持てるかどうかが、経営者としての成熟度を示します。問題の原因を外に求め続ける限り、同じ問題が繰り返されます。採用を変えても、指導を変えても、根っこにある関係性の問題が解決されない限り、職場は変わりません。

この連載を通じて、「声なき声」を描いてきました。静かな職場に蓄積される不満、メンタル休職が生む支える側の疲弊、法律と現場の乖離という答えのない問題。これらは全て、経営者と社員の間にある「見えない溝」から生まれています。最終回となる今回は、その溝をどう埋めるかという話をします。

「社長には敵わない」と思われているか?


画像提供:PIXTA

まず、1つの問いを立てます。経営者と社員の関係において、最も大切なものは何か。

答えは1つです。一対一の信頼関係です。制度でも、就業規則でも、人事評価でもありません。経営者と社員が、一対一でどれだけの信頼関係を築いているか。これが組織の強さの根本にあります。この信頼関係が成熟しているほど、問題が起きても話し合いで解決できます。制度の不備があっても、乗り越えられます。答えのない問題に直面しても、一緒に考えることができます。

そしてこの信頼関係は、最大の防御であると同時に、最大の武器でもあります。防御という意味では、信頼関係のある職場では、不満が法的な手段に発展しにくくなります。「この社長は自分のことをわかってくれている」という感覚が、矛を収めさせます。武器という意味では、信頼関係のある職場では、社員が自発的に動きます。指示待ちではなく、自分で考えて行動する。その力が、組織の競争力になります。

ではどういう経営者が、この信頼関係を築けるのか。ここで1つ、正直に申し上げたいことがあります。

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▼ この記事の後半では、以下の実践的なノウハウを公開しています

☑ 【ホワイト企業の罠】優しすぎて何も決められない社長が陥る末路
☑ 【古典を見直せ】流行の組織論より「就業規則」が最強の守りになる理由
☑ 【退職提案の出口戦略】泥沼の裁判を避け、双方が再出発するための具体的アプローチ

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経営者に求められるのは、社員に愛されることよりも、畏怖される存在であることではないかと、私は考えています。これは恐怖政治という意味ではありません。「この社長には敵わない」と思ってもらえることです。経験でも、判断力でも、人間としての器でも、「この人には及ばない」という感覚が、組織の秩序と信頼の土台になります。

優しいだけで経営はできません。社員の顔色をうかがい、不満を言われるたびに制度を改善し、誰も傷つけないように立ち回る経営者は、一見すると良い経営者に見えます。しかし現場からは「何も決められない社長」として見られていることが多い。決断できない社長のもとでは、社員は安心して動けません。どこに向かっているのかわからない船に、誰も乗り続けたくはないのです。

畏怖される経営者とは、厳しいだけの経営者ではありません。言うべきことを言い、決めるべきことを決め、責任を取る覚悟を持っている経営者です。その背中を見ているから、社員はついていきます。その判断を信じているから、多少の理不尽があっても踏ん張れます。これが「腹は立っても、矢は放たれない」関係の本質です。

一方で、経営者が陥りやすい罠があります。ホワイト企業を目指しすぎることです。

ホワイト企業を目指すこと自体は、正しい方向性です。従業員を慈しみ、働きやすい環境を整えることは、経営者として評価されるべき姿勢です。しかし目指しすぎることにも、リスクがあります。

完璧なものは、大抵脆いのです。

福利厚生を手厚くすれば、社員の満足度は瞬間的に上がります。しかし1週間もすれば、それはスタンダードになります。与え続けなければ満足が維持できない状態になり、経営が苦しくなってそれを削減すると、今度はそれがトラブルの火種になります。「以前はあったのに、なぜなくすのか」という不満が、かえって不信感を生みます。

リーダーに必要なのは、人間心理への深い洞察です。何かを与えることで物事がうまくいくほど、人間は単純ではありません。制度を整えれば職場が良くなるという発想は、問題の入口を間違えています。職場を動かしているのは制度ではなく、人と人の関係性です。その関係性を育てることなしに、制度だけを積み上げても、砂の上に城を建てるようなものです。

「就業規則を整える」が地味だが重要な対策

この話の延長線上に、もう1つ重要な視点があります。流行に流されないということです。

組織論についての本やセミナーは、世の中に溢れています。心理的安全性、エンゲージメント、1on1、ティール組織。どれも良い面はあります。しかし何でもかんでも取り入れていてはキリがありません。そして現場からは「また社長の思いつきが始まった」と呆れられます。新しい手法を試すたびに現場が振り回され、社員の疲弊だけが積み重なっていきます。

本当に役に立つものは、実は非常に陳腐で古典的なものです。組織で言えば、それは就業規則です。

ただし、就業規則を単なる義務として捉えてほしくありません。就業規則は、社員の成長を支える土台です。この三層構造を覚えておいてください。就業規則は成長の基礎、人事評価は成長の方向性、賃金体系は成長の対価です。

成長は、期待するだけでは生まれません。「もっと頑張ってほしい」という言葉だけでは、社員は何をどう頑張ればいいのかわかりません。就業規則という基礎があって、何が求められているかが明確になります。人事評価という方向性があって、どこに向かって成長すればいいかが見えます。賃金体系という対価があって、頑張ることへの動機が生まれます。この3つが揃って初めて、社員は自分の成長を実感できます。

労働契約書を整え、就業規則を定期的に見直す。就業規則は少なくとも2年ごとに社労士などの専門家に依頼し、時代に合わせてアップデートしていかなければなりません。法律は変わります。働き方も変わります。その変化に対応できていない就業規則は、経営者を守るどころか、経営者を縛る枷になります。

最近では人事評価ばかりがもてはやされていますが、200件以上の労働事件に携わってきた経験から言えば、評価基準を変えただけで問題社員の問題が解決したケースは、ほとんど見たことがありません。就業規則という土台なしに評価基準だけ変えても、砂の上に旗を立てるようなものです。手順を間違えると、経営ではなく「経営のゲーム」になってしまいます。

成長を促すためには、指導が欠かせません。そして指導は、口頭だけで終わらせてはいけません。必要に応じて書面で残すことが重要です。

書面で指導を残すことには、3つの意味があります。1つ目は本人の自覚を促すことです。口頭では「言った、言わない」になりがちです。書面にすることで、本人も問題を正面から受け止めざるを得なくなります。2つ目は、やむを得ず退職を提案する場面での根拠になることです。「これだけ指導してきたが、改善に至らなかった」という事実を示す材料になります。3つ目は、万が一裁判になった場合の証拠になることです。会社として誠実に指導を続けてきたことを、客観的に立証できます。

指導の対象には、大きく2種類あります。スキルと性格です。スキルは指導によって改善が見込めます。業務の手順、報告の仕方、コミュニケーションの技術。これらは繰り返し指導することで、徐々に変わっていきます。

しかし性格は、そう簡単には変わりません。これまでの生育歴や経験が積み重なって形成されたものだからです。「協調性がない」「周囲と合わない」という問題の多くは、性格的なところに起因しています。ここに指導を重ねても、効果が感じられないまま膠着状態に陥るケースが少なくありません。

そういった場合には、退職の提案という選択肢を考える必要があります。

「多く払うので辞めてほしい」で人は動く

退職を提案すること自体が、法的にアウトになることはありません。ただ、多くの経営者は提案の仕方がわからないために、「もう少し様子を見よう」と先送りしてしまいます。その気持ちは理解できます。人は誰しも、嫌われることを好みません。しかし経営者は、愛されるだけではうまくいきません。時には、難しい決断を下さなければならない場面があります。

退職を提案するとき、単に「退職してほしい」と伝えるだけでは話がまとまることはありません。相手にとって、それは人生の大きな決断を強いられる場面です。その重さを受け止めた上で、いくつかの点に配慮する必要があります。

まず、経済的な保障を提示することです。具体的には、退職金の積み増しを検討してください。「問題社員なのに、なぜ退職金を増やさなければならないのか」という不満を漏らす経営者もいます。その気持ちはわかります。

しかし少し立場を置き換えて考えてみてください。「退職金を払うから役員を辞めてくれ」と言われたとき、すんなり納得できるでしょうか。会社側から見れば問題社員であっても、本人にはその自覚が一切ないのが通常です。双方の認識にはズレがあります。そのズレを埋めるためのコストが、退職金の積み増しです。

比較する対象を間違えないことも重要です。現在の本来の退職金と積み増し分を比べても意味がありません。比較すべきは、このまま雇用を維持した場合に発生する将来の人件費と退職金を合算した金額です。その総額と、今退職してもらうためのコストを比べてください。そう考えれば、退職金の積み増しは決して高い買い物ではありません。

私の経験から言えば、半年分程度の賃金を上乗せすることで話がまとまるのであれば、将来のトラブル回避という観点から、非常に合理的な解決です。裁判になれば、退職してもらえるかどうかも不確実になります。期間も長くなり、弁護士費用もかかります。弁護士費用に充てるくらいであれば、その分を退職金として社員に渡す方が、双方にとって良い結果になることが多い。これは理想論ではなく、実務から導き出された結論です。

さて、ここまで指導と退職提案という実務の話をしてきました。しかしその前提として、職場の腫れ物に触れられるのは社長だけだという現実があります。

指導したらハラスメントと言われた。それ以来、言えなくなった経営者が増えています。しかし言わないことで、問題は消えません。地下に潜るだけです。地下に潜った問題は、より深く、より広く根を張ってから噴き出します。早期に介入していれば解決できたはずの問題が、放置されたことで取り返しのつかない紛争に発展したケースを、私は何度も見てきました。

沈黙は平和ではありません。沈黙は蓄積です。第1回で描いた「静かな職場」の危うさは、ここにもつながっています。

上司には立場の限界があります。同僚には関係性の限界があります。しかし社長には、組織全体を動かす権限と責任があります。その立場を使わずにいることが、最大の機会損失です。日頃の積み重ねなしに、いざというときだけ正論を言っても、相手には届きません。むしろ反発を招きます。

この連載を通じて、様々な提案をしてきました。第1回では声をかけることを提案しました。第2回では支えている社員への実利ある評価を提案しました。第3回では答えのない問題に正直に向き合うことを提案しました。これらは全て、「腹は立っても、矢は放たれない」関係をつくるための積み重ねでした。この関係は、制度では作れません。社長の日頃の態度と行動の積み重ねでしか作れません。

流行に飛びつかず、古きよきものを見直す


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最後に、少し先の話をします。

AIの発達によって、労働が減る、社員が不要になるという議論があります。しかし私はそこに懐疑的です。むしろAIが普及するからこそ、人とのつながりの強さが会社の強みになると確信しています。インターネットが登場したとき、多くの仕事が失われると言われました。確かに失われた仕事もあります。しかし同時に、新しく生まれた仕事もたくさんありました。そしてそこには必ず「人でなければできない仕事」がありました。AIも同じ構造をたどると思います。

昭和的・日本的な経営は、時代遅れと片付けられがちです。しかし長く残り続けて「古典」となったものには、文学作品と同様に普遍的な価値があります。経営者と社員の信頼関係、組織への帰属意識、仲間への責任感。これらは時代を超えて、組織を強くする力として機能し続けます。

これからの中小企業は、安易に時代の流行に乗って自社の文化を捨てるのではなく、逆張りの発想で日本的な経営を大切にしていくべきではないでしょうか。

この連載を通じて、一貫して伝えたかったことがあります。職場の不機嫌は、制度や仕組みでは直せないということです。直せるのは、経営者と社員の間にある信頼関係だけです。その信頼関係を育てる第一歩は、難しいことではありません。今週、一人の社員に声をかけることです。評価でも、指示でも、確認でもない。ただの一言でいい。

紛争になった職場には、必ず「放置された時間」がありました。問題は突然起きません。長い時間をかけて、静かに準備されます。その準備を止められるのは、社長だけです。

現場の声を聴ける経営者が、最後に会社を守ります。それは弱さではありません。最強の経営判断です。

執筆者プロフィール

  • 島田 直行(しまだ なおゆき)
  • 島田法律事務所代表弁護士。山口県弁護士会所属。
  • 山口県下関市出身。京都大学法学部卒業。
  • 「オーナー企業の経営者を全方位から支える」を信条に、経営者の心理的負担に配慮した「社長法務」を提唱。労働問題やカスハラ対応、事業承継など、経営に直結する法的課題に対し、訴訟に頼らず交渉による円満解決を重視するスタイルが特徴。
  • 経営者側の代理人として200件超の労働事件を解決した実績を持ち、他士業との連携にも尽力している。
  • 著書は『社長、クレーマーから「誠意を見せろ」と電話がきています』(プレジデント社)、『社労士のための労働事件 思考の展開図』(日本法令)など多数。