法律は正しい。でも、職場は壊れていく「答えのない問題」と向き合う経営者の作法
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2026.05.10
労働問題の解決が専門の弁護士による「あなたの会社の労働問題に解決策を説く」4回にわたる連載の3回目。今回は「説明できないが何か問題がある人に関すること」への解決策です。
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「協調性がない」指摘はハラスメントになる
「あの人、何とかならないですかね」相談室でこういう言葉を聞くことがあります。誰のことかと尋ねると、仕事はこなしている、遅刻もしない、でも何かが違う、という答えが返ってきます。
会議で1人だけ違う方向を向いている。チームで動くべき場面で我が道を行く。周囲の空気を読まずに発言する。経営者はその社員を見ながら、どう言葉にすればいいかわからないまま、時間だけが過ぎていきます。「協調性がない」。その一言しか出てこない。しかしその一言では、何も解決しません。
協調性がないという言葉は、印象であり、感覚です。ふわっとしていて、経営者本人も、なぜそう感じるのかをうまく説明できないことが多いものです。それでも「何とかしたい」という焦りだけが募っていきます。この焦りが、後になって経営者自身を追い詰める原因になることがあります。
今回は、この「言語化できない問題」を正面から扱います。そしてその延長線上にある、もう1つの「答えのない問題」についても触れます。法律は正しい。制度は整っている。でも、職場は壊れていく。そういう現実が、中小企業の現場には確かに存在しています。
まず、協調性のない社員への対応について話します。
私はセミナーでこういうアドバイスをすることがあります。「問題のある社員に対しては、具体的な問題行為を指導書に書いてください」と。これ自体は正しいアドバイスです。しかし同時にこうも言います。「いざやってみると、相当難しいですよ」と。なぜそう言うのか。それは、協調性がないという問題の性質に原因があります。
協調性がないという印象は、特定の1つの行為から生まれるものではありません。小さな行為の積み重ねが、時間をかけて1つの評価として形成されたものです。会議での一言、メールの返し方、誰かが困っているときの態度、昼休みの過ごし方。そういった細かなことが積み重なって、「あの人は協調性がない」という印象になっていきます。
だからこそ、いざ「具体的に何がどう問題か」を書き出そうとすると、うまくいきません。その社員の行為全てが協調性がないように見えてしまい、どこから手をつければいいかわからなくなります。印象が強すぎて、まっさらな状態でその人を見ることができなくなっているのです。
この状態で感情に任せて指導してしまうと、何が起きるか。印象に引っ張られた言葉が出ます。「あなたはいつも協調性がない」「なぜそういう態度を取るのか」「もっと周りのことを考えなさい」。これは性格への攻撃です。
本人からすれば、人格を否定されたと感じます。そしてこれがパワーハラスメントとして跳ね返ってくることがあります。協調性のない社員を何とかしようとした経営者が、逆にハラスメントで訴えられるという皮肉な結末です。
社員の性格は変わらない。行動を変えよう
労働事件の現場では、このパターンを何度も見てきました。経営者には悪意がありません。職場をよくしようと思って動いた結果が、ハラスメントの申立書という形で返ってくる。「こんなはずではなかった」という言葉を、相談室で何度聞いたかわかりません。動機が正しくても、方法が間違えば結果は正反対になります。
そしてここで、1つの厳然たる事実をお伝えします。それは、一度崩れた人間関係は、そう簡単には元に戻らないということです。皆さんも経験があるのではないでしょうか。プライベートでも職場でも、一度関係がこじれてしまったとき、お互いが自然に歩み寄って元通りになれたケースが、どれほどあったでしょうか。人間関係というのは、崩れるときは一瞬ですが、修復には途方もない時間と努力が必要です。そしてそれでも、完全には戻らないことの方が多い。
職場の人間関係も同じです。経営者と社員の関係が一度壊れると、その後どれだけ丁寧に対応しても、元の信頼関係に戻ることは容易ではありません。「あのとき、あんなことを言われた」という記憶は、簡単には消えません。だからこそ、崩れる前に手を打つことが重要なのです。崩れてから修復しようとすることの難しさを知っているからこそ、指導の方法を正しく知っておくことが重要なのです。
では、どうすればいいのか。
ここで1つ、根本的な視点を整理したいと思います。
人間の問題点は、大きく分けて2つあります。性格と行動です。行動は、指導によって改善できます。「この書類はこの形式で提出してください」「会議での発言はまず議題に沿ってからにしてください」という具体的な指示は、相手の行動を変えることができます。しかし性格は、そう簡単に変わりません。「協調性を持ちなさい」という指導で、人の性格が変わるなら、世の中に人間関係の悩みはほとんどなくなります。そうはならないのが現実です。
だからこそ、指導すべきは性格ではなく行動です。「協調性がない」という印象ではなく、「〇月〇日の会議で決定した方針に従わず、単独で別の対応を取った」という具体的な事実です。「チームワークが大切だ」という抽象論ではなく、「この場面ではこういう行動を取ってください」という具体的な指定です。これが法的にも有効な指導の形であり、パワハラと指導の境界線を守る実務的な方法です。
言語化は難しいと先ほど申し上げました。それでもやらなければなりません。なぜなら、言語化できない問題は、指導できないからです。指導できなければ、記録も残せません。記録がなければ、後になって「会社は何もしなかった」と言われたとき、反論できません。難しくても、1つひとつ具体的な行為として書き出す作業を続けることが、経営者にとっての第一歩です。うまくいかなければ、専門家に相談することをお勧めします。
残念ながら、ダメな人はいくら教育しても変わらない

画像提供:PIXTA
そしてもう1つ、根本的な問題として触れておかなければならないことがあります。採用です。
断言します。採用の失敗は、育成ではカバーできません。入社後にどれだけ丁寧に指導しても、性格に根ざした問題は変わりません。私が200件以上の労働事件を扱ってきた経験から、これは確信を持って言えることです。採用の失敗は、採用の段階でしか防げない。この一点を、経営者にはぜひ胸に刻んでいただきたいと思います。
面接には、構造的な限界があります。面接とは、応募者が自分を最も良く見せようとする場です。しかも面接対策の情報は世の中に溢れており、準備された答えを聞いているだけでは、その人の本質はなかなか見えてきません。印象の良い人が採用されやすく、しかしその印象が職場の現実と一致しないことは、決して珍しくない。面接の印象だけに頼ることは、そもそも精度の低い判断をしているのと同じです。
だからこそ、適性検査を採用プロセスに組み込むことを強くお勧めします。ただし、ここで1つ重要なポイントがあります。適性検査は、性質の異なるものを2種類以上組み合わせて使うべきだということです。
なぜか。適性検査には、対策ができるものとできないものがあります。1種類だけでは、対策されたときに穴ができます。異なる性質の検査を組み合わせることで、多角的に応募者を見る仕組みが生まれます。面接の印象という一点に頼るのではなく、複数の角度から人を見る構造を作ることが目的です。
「どの適性検査が適切ですか」という質問をよく受けます。正直に言えば、正解はありません。何をもって適切かは、使ってみなければわからない。自分の職場の文化や採用基準に合うものを、実際に試して選ぶしかない。重要なのは「どれが正しいか」を探し続けることではなく、「複数の角度から人を見る仕組みを作ること」です。
その仕組みがあるだけで、面接の印象に振り回されるリスクは大きく下がります。採用を急いでコストを惜しんだ結果が、後の労働事件として何倍もの損失で返ってくる。その現実を、経営者にはぜひ直視していただきたいと思います。
協調性のない社員の問題は、ある意味では「見えている問題」です。経営者も、周囲の社員も、誰かが問題であることはわかっています。しかしもう1つ、中小企業の現場には「見えにくい問題」があります。法的には完全に正しいのに、職場が壊れていくという現象です。
「正しい法律」が職場を壊す

具体的な場面を挙げます。シフト制で動いている職場があります。誰がいつ出勤するかは、ある程度事前に決まっています。そこに当日の朝、こんなメッセージが届きます。「子どもが熱を出したので、今日は休みます」。
子のために年次有給休暇を利用することは、法律で認められた権利です。これを否定することは誰にもできません。会社としても、女性が働きやすい職場を作ることは重要な経営課題です。育児と仕事を両立できる環境を整えることは、正しい方向性です。
しかしその連絡を受けた瞬間、別の社員の表情が曇ります。今日のシフトに穴が開く。誰かが埋めなければならない。その「誰か」は、子どものいない社員や、年配の社員に集中します。特定の人ばかりが割を食う構造が、静かに出来上がっていきます。
この不満を口にすることは、道徳的に許されない雰囲気があります。「子どものことだから仕方ない」「そういうことを言うのは心が狭い」。そういう空気が、不満に蓋をします。飲み込むしかない。しかし飲み込んだ感情は消えません。蓄積します。そしてある日、経営者の前に噴き出します。
実際にこういう相談がありました。ある社員が子どもの発熱を理由に頻繁に休んで、職場の運営に支障が出ている。この状況を問題として取り上げ、指導できないか、という内容でした。法的に見れば、子の看護を理由とした年次有給休暇の取得を制限することはできません。制限しようとすれば、今度は会社の側が問題を抱えることになります。
さらに難しいケースもありました。「昨夜眠れなくて仕事をするにはきついので休みます」という連絡が来たとき、周囲の怒りが抑えられなくなったというケースです。法的には本人が休むと言えば欠勤として処理するしかない。しかし職場の感情は、そんな理屈では収まりません。
経営者はどちらの言い分も理解できるからこそ、何も言えなくなります。言えば誰かを傷つける。黙れば職場が壊れていく。この板挟みの苦しさは、経営者にしかわからないものです。
これは答えのない問題です。法律は正しい。権利は守られるべきです。しかし現場では、特定の人が割を食い続けています。その不満を表に出すことも難しい。経営者はどちらの立場も正しいとわかっているからこそ、身動きが取れなくなります。
こういう場面で、経営者に求められることは何か。答えを出すことではありません。答えが出ない問題に、正直に向き合うことです。
社長は「割を食っている人」にしっかり声をかけよう

私は法律の専門家ですが、実際の現場において法律と事業経営は、必ずしも一致しません。法的に正しいことが、事業としての負担になることもあります。この現実を直視することが、経営者の役割の1つです。法律を盾にして現場から目を背けることも、現場の感情に流されて法律を無視することも、どちらも経営者の仕事ではありません。法律と現場の間に立ち、その乖離をどう橋渡しするかを考え続けることが、経営者にしかできない仕事です。
では、この「答えのない問題」に対して、経営者は何ができるのか。
まず、言語化の作業から始めてください。「協調性がない」という印象ではなく、「いつ、どこで、何をしたか」という事実の記録です。これは難しい作業です。それでも続けることで、指導の根拠が生まれます。その記録が、後になって会社を守る証拠にもなります。
次に、採用の入口に適性検査を組み込んでください。性格の異なる2種類以上を組み合わせること。どれが正解かを探すよりも、複数の角度から見る仕組みを作ることが目的です。
最後に、割を食っている社員に声をかけてください。「答えのない問題で、迷惑をかけている。わかっている」という一言です。解決できなくても、見えていることを示すことが経営者にできる最初の一歩です。
その一言がなければ、割を食い続けている社員はやがて「この会社は自分のことを見ていない」と感じます。その感覚が、静かな退職の引き金になります。
ただし、この問題を「個人の事情」として片付けたままでは、根本的な解決にはなりません。ある企業の女性部長は、日々の仕事の中でこう伝え続けているといいます。「育児による負担は、部署全体で引き受けるものだ」と。
今日誰かが負う負担は、いつか自分が誰かに与える負担になるかもしれない。だからこそ、組織全体で支え合おう、という姿勢を繰り返し丁寧に伝えているのです。その結果、職場には成熟した文化が生まれ、メンバーが前向きに協力し合える土壌ができています。
答えのない問題に対して、経営者や現場のリーダーができることは、答えを出すことではありません。問題を個人に押し付けず、組織の課題として正面から向き合い続けることです。その姿勢を示し続けることが、職場の文化をつくります。
法律は正しい。しかし正しいだけでは、職場は動きません。動かすのは人であり、人の感情です。その感情を見ることができる経営者だけが、答えのない問題と向き合い続けることができます。
次回は、この連載の締めくくりとして「社長にしかできないことが、一つだけある」という話をします。指導がハラスメントと言われる時代に、言うべきことを言えなくなった経営者が増えています。しかし言わないことで、問題は地下に潜るだけです。社長が「耳の痛いことを言える関係」をどう作るか。その具体的な方法を、最終回でお伝えします。
執筆者プロフィール
- 島田 直行(しまだ なおゆき)

- 島田法律事務所代表弁護士。山口県弁護士会所属。
- 山口県下関市出身。京都大学法学部卒業。
- 「オーナー企業の経営者を全方位から支える」を信条に、経営者の心理的負担に配慮した「社長法務」を提唱。労働問題やカスハラ対応、事業承継など、経営に直結する法的課題に対し、訴訟に頼らず交渉による円満解決を重視するスタイルが特徴。
- 経営者側の代理人として200件超の労働事件を解決した実績を持ち、他士業との連携にも尽力している。
- 著書は『社長、クレーマーから「誠意を見せろ」と電話がきています』(プレジデント社)、『社労士のための労働事件 思考の展開図』(日本法令)など多数。

