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森保一監督に学ぶ「手のひらの上のボトムアップ」と最新・組織マネジメント戦略

2026.06.16
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森保一監督に学ぶ「手のひらの上のボトムアップ」と最新・組織マネジメント戦略

前編に引き続き、長年に日本代表や欧州サッカーを取材し、『Number』などにも寄稿するスポーツライターの木崎伸也氏にインタビュー。木崎氏の著書『サッカーと地政学』の内容を踏まえ、世界の強豪を震撼させてきた森保一監督の「組織づくり」の神髄、そして日本代表の対戦国が抱える組織のリアルについて、ビジネスの視点から深く読み解いていく。

INDEX

執筆者:株式会社船井総合研究所 平田 賢司

「絶対的権力」を好まない、日本人の組織気質

「サッカーの本場であるヨーロッパでは一般的に監督は『絶対的な権力者』です」と木崎さんは言う。

監督が強固な人事権を握り、トップダウンで選手を押さえつけることでチームが成立するという前提がある。選手に舐められれば、組織は瞬時に崩壊し、監督は即座に解任される——それが欧州のリアル。しかし、この欧州型の強権マネジメントは、必ずしも日本人の組織にはフィットしないと木崎さんは指摘する。

「日本には古くから、良い意味でも悪い意味でも『現場の越権行為』の文化があります。歴史を振り返っても、第二次世界大戦において前線の部隊長が独自の判断で作戦を変更した事例が多数報告されているように、日本人は真面目さゆえに『自分たち現場の判断で何かできるのではないか』と、コミットしたがる気質を持っているんです

この「現場が口を出したがる、コミットしたがる」という気質は、日本のサッカー史でも繰り返されてきた。

2002年日韓W杯のトルシェ監督時代には、戦術を押し付ける強権的な監督に対し、選手たちが露天風呂で秘密裏に話し合いを決行。監督の指示を現場判断で修正してロシア戦に臨み、見事勝利を収めた。当時はこれが「美談」として機能したが、2006年ドイツW杯では同様の「現場の話し合い」がコントロールを失い、結果としてチームの空中分解を招いてしまった。
現場のコミット気質は、諸刃の剣なのかもしれない。コントロールを誤れば烏合の衆になるが、完全に押さえつければ現場のモチベーションは死んでしまう。

この気質を「強み」へと転換した先駆者が、2018年ロシアW杯の西野朗監督だった。
西野監督は、選手に自由な提案を促して「自分たちが組織を動かしている」という強い当事者意識を持たせつつ、最終的な決断の手綱は決して離さなかった。例えば、控えに回った本田圭佑を毎試合のように部屋に呼んで対話を重ね、「チームの枠組み作りに参加している」という納得感を与えることで不満を抑え、大活躍へと導いた。ミーティングで本田、香川真司、大迫勇也らの意見がバラバラになった際も、「ここで結論は出さない。ピッチの上で考えよう」と会議室での衝突を回避し、現場のエネルギーだけを綺麗に担保した。

ある意味、監督の手のひらで転がしているのだが、選手側はそう思っていない――。この西野体制のコーチとして、その「手のひらの転がし方」を一部始終見つめ、エッセンスを完全に継承した人物こそが、現在の日本代表を率いる森保一監督である。

3年半の「待ち」が生んだ主体性と、優秀な中間管理職の存在

森保一監督が実践する「手のひらの上のボトムアップ」は、決して放任主義ではない。むしろ、トップが強い忍耐力を持って現場の「当事者意識」を育てる、高度なマネジメント手法といえる。

2018年の体制発足当初、森保監督は選手たちにあえて「意見を言え」とは指示しなかった。トップから強制された主体性は、本物ではないと知っていたからだろう。当初は「ボスの意図が見えない」と欧州の第一線で戦う選手側に不満も募ったが、転機は3年半後に訪れる。キャプテンの吉田麻也を中心に主力選手たちが自ら「もっと具体的な指示がほしい」と直訴してきたのだ。

圧倒的な自信に満ちたプロフェッショナルたちが、自発的にボスの部屋を訪れ、課題を共有しにいく――。森保監督は現場が自ら動き出す瞬間を、3年半以上もの間、じっと待ち続けていたという。

このとき、中間管理職(キャプテン)としての吉田の立ち回りが組織を救った。吉田は現場の不満をそのままぶつけるのではなく、選手側の声を精査した上で、監督のプライドを傷つけないよう「おだてながら提案として持っていく」という工夫を凝らした。この優秀なクッション役がいたからこそ、ボトムアップは機能した。2022年カタールW杯のスペイン戦で、鎌田大地らの提案(フランクフルト流の守備戦術)を吉田が取りまとめ、森保監督がそれを即座に経営判断(戦術変更)として採用して歴史的勝利を挙げたのは、その最たる成果である。

組織の属人化から脱却

しかし、優秀な個人(吉田)に依存したボトムアップは、その人物が離脱した瞬間に空中分解のリスクを迎える。カタールW杯後、吉田がチームを離れると、絶妙な調整役を失った現場は一時、選手たちが好き勝手に発言する収拾のつかない状態に陥る恐れがあった。マネジメントにおける「属人化の弊害」である。

それを回避するために、森保監督は第二次政権で「組織的な仕組み化」へと舵を切る。それが、コーチ陣への明確な権限移譲と、その外部への「見える化」だった。

監督はメディアに対し、「攻撃は名波コーチ、守備は齊藤コーチが担当する」と公式に宣言。それまでは内々の取り決めに留まっていた役割分担を公に可視化することで、選手側に「どの課題は、誰を通じて伝えればトップに届くのか」という明確なパイプライン(窓口)を示したのだ。

この仕組み化により、日本代表は「吉田不在の穴」を完全に埋め、さらに風通しの良い組織へと進化した。現在では、鎌田大地や堂安律といった次世代のリーダーたちがミーティングで堂々と発言し、先日のイングランド戦前には、森保監督が熟練のファシリテーター(司会者)のように選手一人ひとりの意見を引き出す組織文化が定着している。

トップが絶対的な独裁者として君臨するのではなく、現場のプロの熱量を最大限に引き出し、それを吸い上げるルートを仕組みとして構築する。これは現代ビジネスにも通じる「チェンジマネジメント」の好例といえるだろう。

能力の差を超える「圧倒的な礼節」

コーチ陣への権限移譲によって組織的な仕組み化を推し進める森保監督だが、さらに選手たちとの個別の信頼関係においては、全く異なるアプローチを取っているという。

現在の日本代表は、監督よりも選手たちのほうが「ヨーロッパの一流クラブで戦っている」という、いわば現場の経験値がトップを上回る逆転現象が起きている。この関係性のなかで、森保監督が確固たる信頼を勝ち得ている理由は、極限まで「礼を尽くすこと」だ。

森保監督はヨーロッパへ帰還する選手たちを、夜中の3時や4時であっても必ず全員ホテルで見送るという。代表参加に伴うクラブでのポジション争いや疲労のリスクを深く理解し、そのリスクを冒して来てくれたことへの感謝を、毎回一人ひとりに言葉で伝えるのだ。

さらに、彼らが所属クラブでプレーする膨大な数の試合映像を、徹底的に見続ける。「自分のプレーを常に見られている」という感覚は選手に伝わり、それが信頼の土台となる。

木崎さんは、この姿勢を次のように語る。
「能力の差を超えた何か、人間関係みたいなところを構築している。『この人に言われたらしょうがないな』という感覚を、礼を尽くすことで体現している」

組織の仕組みを整える一方で、現場のプロフェッショナルに対しては圧倒的な「礼節」と「観察」でリスペクトを示し続ける。これこそが、能力の差を超えて人を動かす森保監督の真骨頂である。
森保監督と日本代表の進化を見続けてきた木崎さんは次のように期待を込めて語る。
「日本がワールドカップで飛躍し、世界中から『日本式マネジメント』が注目される日が来ても不思議ではないですね」

メンバーの個性がうまく融合しているのが日本代表

次に、組織としての日本代表の見どころについて、木崎さんに話を聞いた。
話を聞いていると、現在の日本代表はそれぞれの個性がまるで計算されたビジネスプロジェクトのように機能しており、見事なまでに「役割分担」が成立していることが見えてくる。

「まず、チームの『戦術的頭脳』としてミーティングでの発言を牽引しているのが、鎌田大地選手や堂安律選手です。彼らを中心とした関西系のリーダー格が意見を出し合い、そこにスペイン育ちでヨーロッパのメンタリティを持つ『天才肌のアタッカー』久保建英選手が絡むことで、戦術に鋭さが生まれます」

こうした自己主張の強い前線のメンバーを、ベテラン勢が絶妙なバランスで支えているという。
「キャプテンの遠藤航選手は、口数は少ないですが圧倒的な存在感でチームを『背中で引き締める』。一方で、長友佑都選手は若手にいじられながらも、危機のムードを『情熱』で盛り上げて救う役回りを徹底しています。さらに、長谷部誠コーチが加わったことも大きいですね。監督が直接は選手に言いにくいような『厳しさ』を、代わりに伝えるパイプ役を担っています」

森保監督が各代表を認め自主性を尊重することで、適材適所の役割が自然発生する組織。それこそが、日本代表の強みであり、ワールドカップでの見どころの一つなのかもしれない。

対戦国から読み解く「3つの組織モデルと変革のリアル」

ワールドカップのピッチで激突するのは、選手同士だけではない。木崎さんの著書や話を聞いていると、その背後にある「国家の歴史」「組織文化」そして「マネジメントの哲学」の衝突ともいえる。
最後の日本代表の対戦国、そしてライバル国と言われる韓国。それぞれのチームと見どころについて話を聞いた。

チュニジア代表:多様な人材を束ねる「強固なアイデンティティ」

北アフリカのアラブ国家であるチュニジアは、フランスの旧植民地という歴史的背景を持つ。そのため、チーム内にはフランスやドイツなど、欧州で生まれ育った「移民2世・3世」の選手が多く名を連ねている。

ビジネスで言えば、中途採用や海外拠点の多様なバックグラウンドを持つ人材が集まっている状態だ。異なる国で育ち、異なる価値観を持つ彼らを、チュニジアはどう一つに束ねているのだろうか。木崎氏はこう解説する。
「チュニジアの最大の強みは、『国への誇り』という強固なアイデンティティで選手たちを強烈に結束させている点にあります。彼らは個人の突出したスタープレイヤーに依存するチームではありません。欧州育ちの選手もローカルの選手も関係なく、全員が『チュニジアのために』という強固な連帯感を持って、ピッチの上で泥臭く守備ブロックを構築できるんです」

彼らが牙城のごとく築く「鉄壁の組織力」を、日本代表がどうこじ開けていくのかが最大の見どころになりそうだ。

スウェーデン代表:理想を捨てた「泥臭さ」と巧みなチェンジマネジメント

スウェーデン代表の歩みは、企業の「組織改革(チェンジマネジメント)」における生きた教科書だ。

かつて伝統的な「4-4-2」という堅実なスタイルだった同国は、前監督時代にモダンな戦術(3バック)への急激なアップデートを試みて大崩れした。理想を急ぎすぎた「改革の失敗」である。しかし、後任のポッター監督の手法が秀逸だったと木崎さんは言う。
「ポッター監督は就任直後、いきなり戦術を押し付けるのではなく、まずは選手が慣れ親しんだ伝統の『4-4-2』に一度戻して、組織の心理的安全性を取り戻しました。そこから段階を踏んで、本来やりたかった現代的なカウンター戦術へと移行させていったんです。今では『自分たちは弱者である』と割り切り、前線の強力なタレントを擁しながらも、徹底して泥臭く戦える組織になりました」

「変革の際は、まず現場の心理に寄り添う手順を踏む」というプロセスを経て出来上がった、完成された実務集団。理想を捨てて実利を取るスウェーデンの「大人の割り切り」を、日本がどう攻略するのかが大きなポイントになりそうだ。

韓国代表:過去の成功体験を捨てる「過渡期のパラダイムシフト」

対戦するかはわからないが、ライバルといわれる韓国は現在、組織の大きな「過渡期」の痛みを味わっているという。

長年、彼らの代名詞といえば「フィジカルの強さ」と「縦への速さ」という直線的なスタイルだった。しかし、それだけでは勝てなくなった結果、現在は日本代表をお手本にした「パスで駆け引きをして崩す」スタイルへの大転換を図っている。

企業で言えば、主力事業を捨ててまったく新しいビジネスモデルへのピボットに挑む状態だ。木崎氏はその現状をこう語る。
「過去の成功体験を捨てるパラダイムシフトですから、当然、一朝一夕にはいきません。うまくハマる時は素晴らしいパフォーマンスを見せますが、機能しない時は大きく崩れるという、ボラティリティ(波)の激しさにいまは苦しんでいます。ただ、ライバルの長所を取り入れてでも新しい型を模索する、あの『変わろうとする強烈な意欲』だけは絶対に軽視できません

産みの苦しみを経て、大会中に突然覚醒する不気味さを持つ韓国。お互いのスタイルを知り尽くしたライバル同士、意地と戦術がぶつかり合う激戦は見逃せない。

ピッチ上に広がる「生きた経営学」を観る

前編で見てきた「国家や組織の冷徹な戦略(セオリー)」、そして今回木崎さんと共に紐解いた「日本代表と対戦国のマネジメント」。これらを踏まえると、2026年ワールドカップという舞台は、まさにピッチ全体に「生きた経営学」がちりばめられた巨大なビジネスケーススタディそのものだ。
勝敗の行方や華やかなゴールシーンに一喜一憂するだけでなく、その裏にある「組織の戦略」に注目してみるとさらにワールドカップも面白く見れるかもしれない。

☞【前編】2026年W杯から読み解く「勝者のビジネス戦略」

【今回取材させていただいた方】
木崎 伸也 さん
2002年日韓W杯後にスポーツ紙の通信員としてオランダへ移住。2003年から拠点をドイツに移し、日本代表FWの高原直泰の担当としてブンデスリーガを取材。2006年ドイツW杯では、現地在住のスポーツライターとして記事を配信した。2009年2月に本帰国し、現在は『Number』『BRODY』『footballista』などに寄稿している。など著書多数。

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